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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.44

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」#107〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

>>前編を読む

 黄金でできた壺や、かなえ、仮面、椅子や寝台、それらにはいずれも、宝石がちりばめられ、細かい細工で飾られている。
 それらの中には、遠いの国や、どの国のものとも知れぬものもあった。
 書画、巻子、そして織物、兵士の像。
 さらに、中央にあるこの墓室にたどりつくまでの間に、幾つもの部屋があり、そこにも同様のものが置かれているのは、ここにたどり着く前に見ている。武具だけを置いた部屋や、人がこの地下宮殿で生活してゆくために必要な、ぜいを尽くした金やでできた器や皿などの道具や寝具。鍋や、かまや机などもそこには用意されていた。
 人が身につける宝飾品などは、数えきれぬほどの量があった。
 それは、全員が眼にしている。
「項羽よ、おまえとりゆうほうが、秦を滅した。一方の劉邦は、今はこのかんちゆうより去っている。ここにあるもの全ては、おまえが好きにしてよいものだ」
「ふふん」
 項羽は、小さく笑ったようであった。
「すでに、かんようきゆうから充分なものを手に入れた。ここにある財が必要になるのは、かん王の始末をつけてからだ。それには、まあ、二年はかかろう。どうせ、ここで奪っても、いずれかへ運んで隠す必要がある。ならば、それがこの場所でもよいではないか──」
「この宝に興味はないのか?」
「ない。宝も、剣も、道具以上の興味はない。ここに入ったは、政が、どんな面をしてくたばっているのか、それを見たかっただけのことよ──」
 項羽は言ったが、実際には、二年たっても漢王劉邦は生きていて、結局、四年後に項羽は、こうにおいて自ら命を絶って三十一歳で死ぬことになる。
 しかし、この時は、項羽本人も、この世の誰も、そんなことが起こるとは夢にも考えていない。
「ここにあるもの全ては、この項羽のものであると、天下にむかってそう言うだけでよい。このおれのものを、わざわざ奪いに来る者など、あるまい。奪ってゆく者あらば、そやつを追うて殺し、奪い返すまでのこと──」
 強烈な自信に満ちた言葉であった。
「青壺と言うたな」
 項羽は、頭ひとつ分高い場所から、青壺を見下ろして、
「どうだ、おれの臣下にならぬか──」
 そう言った。
「臣下?」
「兵を、二千人、三千人くらい与えてもいいぞ」
「やめとこう」
「何故じゃ。兵三千人では気にいらぬか」
「いいや。まだ、おれにはやることがある。それだけのことだ」
「やること?」
「ああ」
「何だ」
「女をひとり、救うてやらねばならぬ」
「女?」
「そうだ」
 青壺が真顔でうなずくと、項羽はからからと笑った。
 笑い終えて、
「ならば、その剣、おれにくれぬか──」
ざんけんを?」
「破山剣というのか、その剣」
「うむ」
「岩を斬ったな……」
「ああ」
「その剣、欲しゅうなった。ぬしが、おれの臣下となるなら、剣も自然におれのものとなる。しかし、臣下とならぬなら──」
「───」
「おまえから、その剣をもらうか、奪うかせねばならなくなる」
「やめとけ」
「なに!?」
「この剣、今は、ただの剣じゃ」
「ただの剣?」
「この剣、岩も山も断つことができるが、その力が再びこの剣に宿るのは、百年後じゃ」
 青壺の右手が、右肩から伸びている破山剣のつかに伸びた。
 その瞬間──近くにいた兵士ふたりが剣を抜き放ち、その切先を青壺の喉元につきつけた。
 柄を握ったところで、青壺は右手の動きを止めていた。
「これで、あんたをどうにかしようってわけじゃない。ただの剣であることを、教えてやろうと思うたまでのこと──」
 青壺が、右手を柄から離した。
 青壺の背から、范增が、さやごと破山剣をはずし、それを両手にささげ持って、項羽の前まで歩いてきた。
 項羽は、右手で破山剣を抜き放ち、その剣で、さっきはずしたばかりの、柩の石蓋を打った。
 ギガッ、
 と、音がした。
 柩の石蓋は、割れもしなければ、斬られもしなかった。
 項羽は、不思議そうな顔をした。
「まことじゃ、斬れぬ……」
 青壺を見やり、
「なにか、この件を扱うのに必要な、まじないのようなものでもあるのか──」
 そう問うてきた。
「ない。百年したら、自然に石でも山でも斬れるようになる」
「ふうん……」
 項羽は、剣を、范增が捧げ持った鞘の中におさめ、
「いずれにしろ、この剣は、おれがもろうてゆく」
 そう言った。
「なんだと」
「世話になった故、礼に、おまえは殺さぬ。二年後に、ここに再びおれがやってくるまで、おまえは、ここで、おれの宝の番をせよ」
 項羽は、感情を見せぬ声で、そう言ったのであった。

(つづく)


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