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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.33

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城——⽉の船——」#102〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

これまでのあらすじ

閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った姜玄鳴の屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。その後、真成は陳範礼に連れられて、姜一族の南家・姜竜鳴に面会する。

     (二)承前

 真成しんせいは、蝶鳴ちようめいが口にした言葉の意味をはかりかねた。
 しゆんに、飼われている覚えは、ない。
 しかし、彼らからすれば、そのようには見えるかもしれない。
 杜子春のめいには、いきがかり上従っているが、飼われているという意識はなかった。
 陳範礼ちんはんれいの言によれば、竜鳴りゆうめいと蝶鳴は、南家なん けと呼ばれる人間たちのようである。
 すると、北家ほくけというのが、玄鳴げんめい亀鳴きめいのいるあの屋敷ということになるのであろう。つまりきよう一族は、北家と南家のふたつにわかれていることになる。
 北家と南家──どのような関係にあるのか。それは、互いに敵対するものであるのかどうか。
 そこまではまだわからないものの、何か微妙なものがあるらしいということは、今の蝶鳴と竜鳴の言葉からも推測できた。
 しかし……
 真成は陳範礼を見やった。
 蝶鳴が口にした言葉について、どのように応答したらよいか、迷ったからである。
 太公望たいこうぼうはりの探索を命じたのは、北家であり、杜子春である。
 その鉤を見つけたら、自分たちに渡せと南家は言っていることになる。さらには、杜子春ではなく、自分たちに飼われたらどうかとも提案してきた。
 現在、自分は、あえて言うなら北家側にいる人間である。
 その自分に、彼らは、
「北家につかず南家につけ」
 と提案してきたことになる。
 しかも、北家の側についていると思われる陳範礼の前でだ。
 当然、南家の者は、陳範礼が北家の側にいる杜子春の従者であり、兵士であることを充分に知っているはずだ。その上で、今のような言動ができるというのは、存外に、二家はうまくやっているのか、あるいは……
 自分は、どこにも飼われてなぞいない――
 そう言いたいところであったが、その言葉も、口にできなかった。
 それで、真成は、陳範礼を見たのである。
 しかし、陳範礼は、真成を一瞥いち べつしただけで、口を開くことはなかった。その眼の色からは、どういう表情も読み取れなかった。
 好きにしていい──
 陳範礼は、真成にそう言っているようであった。
 しかし、いいのか、南家のその言葉に応えても。
 それとも、自分は今、何かを試されているのか。
 真成が答に迷っていると、
「もう、お着きになっていたのね」
 女の声が響いた。
 真成は、その声の方に眼をやった。
 入口に、胡風の衣装を身につけた、二十七、八歳かと見える女が立っていた。
 髪を頭の上に高く結いあげて、そこに蚕豆そらまめほどの大きさのぎよくを三つ並べた金の髪飾りが挿してあった。その髪飾りからは、土耳古トルコ石やさん青金石ラピスラズリの小さなたまを無数にあしらった金の細い鎖が何本も下がっている。
 女は、真成に視線を止めてから、竜鳴、蝶鳴にその視線を移し、
「父上、兄上、お客様がお着きになったのなら、すぐにお知らせ下さいな」
 そう言いながら、部屋に入ってきた。
「おう、めいか」
 竜鳴が、その女の名を呼んだ。
 ほぼ同時に、蝶鳴が立ちあがり、
「こちらが、陳範礼殿、せい真成殿だ」
 その女、鳴花に紹介した。
「わたしの妹、姜鳴花です」
 続いて、ふたりにその女を紹介した。
「今、真成殿には、鉤が見つかったら、北家より先に、我らにそれを持ってこぬかと言うておったところだ」
 竜鳴が言う。
「ついでに、軒轅剣けんえんけんも欲しい。いっそ杜子春に飼われるのをやめて、我らに飼われたらどうかとも、誘っていたのだが……」
 蝶鳴が言った。
「聞こえたわ」
 女──鳴花は、真成の前に立った。
 しげしげと真成を見つめ、
「よい顔をしてるわ」
 真成に顔を近づけてきた。
 なんという香を使っているのか、よい匂いが真成の鼻に届いてきた。
 鼻と鼻が触れ合いそうになった時、鳴花の口から赤い舌が伸びてきて、真成の唇をべろりと舐めていった。
「ふたりの話は、退屈でしょう?」
 鳴花の口の中で、今、真成の唇を舐めていったばかりの赤い舌が動く。
「庭へ行きましょう」
 鳴花が、真成の手を取った。
 真成は、まだ、竜鳴、蝶鳴と会ったばかりだ。
 退屈も何も、ここへ来てから、まだどれほどの時間も過ぎてはいない。
 真成は、姜竜鳴親子と、陳範礼の顔を見やった。
 竜鳴と蝶鳴は、
「かまわんよ」
「鳴花にまかせた方が、ことが早かろう──」
 そう言って、うなずいた。
 陳範礼は、ふたりの言葉を受けて、無言で顎を引いた。

(後編へつづく)


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