遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#101〈後編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。
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(二)
陽差しの中を、馬で出立した。
陳範礼が、同じく馬に乗って、真成の横に並んでいる。
真成と陳範礼、ふたりと二頭である。
門を出てゆく時に、番をする者たちが何人もいたが、
南へ向かった。
森はすぐに終って、左右は、一面の綿畑となった。
前方にも、右手にも左手にも、夏の陽差しの中で、綿畑が広がっている。右手の綿畑の奥に木立ちがあるのは、そこが清姜河の川岸だからであろう。
ぽつん、ぽつん、と家が立っているのが見えるが、畑に人の姿はない。綿の
「どこへゆくつもりだ?」
門を出て、しばらく進んだところで、真成は陳範礼に声をかけた。
陳範礼は、答えない。
「向こうと言っていたが、それは、昨夜、姜亀鳴が口にしていたあっちということだな──」
「そうだ」
「何なのだ、向こうってのは?」
「
「南家?」
「今までいたのが、姜一族の
「なに⁉」
「ゆけばわかる」
陳範礼は、口数が少ない。
ぽつんぽつんと見えている家の周囲に、樹が生えていて、そこから蟬の声が届いてくる。
真成は、背に
二里半ほどゆくと、急に人家が増え、歩く人影もちらほらと見えるようになった。
やがて、正面に、土塀が左右に続いているのが見えてきた。
門があり、乗馬したまま、真成と陳範礼は、そこをくぐった。
広場と建物。
中の建物の造りは、北家のそれと似ていた。
くぐったところで馬を下りると、すでに、周囲を何人かの人間に囲まれていた。
「陳範礼だ。
陳範礼が言うと、すでに承知のことらしく、ほとんど何も問われることなく、
「承知」
と、ひとりの男が答えて、母屋の方へ走った。
通されたのは、よく手入れがされた庭が見える部屋だった。
床には石が敷かれ、配置された机や椅子などの調度品も、飾りの彫られた
椅子に、ふたりの男が座って、真成たちを待っていた。
六十代後半と見える男と、四十代後半と見える男。
ふたりの背後には、油断のない光を眼に宿した男たちが、六人立っている。いずれも腰に剣を帯びていた。
「姜竜鳴殿、姜
陳範礼が言った。
六十代後半と見える男が、姜竜鳴、四十代後半と見える男が、姜蝶鳴であると見た。
「井真成、倭人は初めて見るが、顔つきは我らと似ているな……」
姜竜鳴が、つぶやいた。
「おまえが背に負っているのが、
姜蝶鳴が言う。
「軒轅剣?」
真成は、眉を寄せた。
「これは、破山剣だ」
「ああ、なるほど、破山剣か。どちらでもよい。千年もあれば、名も変わるであろうよ」
姜蝶鳴が、気の遠くなるような歳月を口にした。
今、耳にした“けんえん”が、文字で“軒轅”と書くなら、それは、
真成はそう思い、それを問おうとしたのだが、
「おまえ、それを、一度、
姜竜鳴が、姜蝶鳴の言葉に
唐では、東西南北の方位には、古来、それぞれ色と聖獣の名が与えられている。
東が、青の青龍である。
西が、白の白虎である。
南が、赤の
北が、黒の玄武である。
そして、日本国から見れば少し特異であるのが、中央もまた方位のひとつであり、色が決められていることであった。
中央の色──それが、黄帝の黄色である。
四頭の聖獣に囲まれて、中央に黄の人が立つ図となる。
この大陸に最初に生まれた
「倭人よ、おまえ、昨夜、わが祖父の屋敷で、指南車を見せられたと思うが、どう思うた?」
蝶鳴が問うてきた。
祖父というのは、あの、昨夜会った、八十代の老人、姜玄鳴のことであろう。
すると、ここにいる姜蝶鳴は、玄鳴の孫であり、竜鳴は玄鳴の息子であり、蝶鳴の父ということになるのであろう。
真成は、その思いを
今、ここで、あえてそれを口にせずともよかろうと考えたのである。
「
竜鳴は言った。
「よき
これは、蝶鳴が口にした。
「で、真成よ、おまえ、向こうで頼まれごとをしたであろう。太公望の鉤を手に入れよと──」
竜鳴が言う。昨夜のことを、皆知っているらしい。
「ああ」
真成はうなずく。
「その鉤だが、もしも手に入れたら、我らのところへ持ってこぬか?」
なんだって?
「鉤だけではない。その、背に負うた、軒轅剣も、我らは欲しい──」
蝶鳴が言う。
「今、おまえ、杜子春に飼われているそうだが、どうじゃ、倭人よ、ぬし、我らに飼われてみる気はないかえ……」
姜竜鳴は、下から
(つづく)