遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#101〈前編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。
これまでのあらすじ
閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。翌日、姿を消した陶友章の遺体が見つかるが、王菲は昨晩、陶友章の異常な様子を目撃していた。
二十三章 軒 轅 剣
下馬飮君酒
問君何所之
君言不得意
歸臥南山陲
但去莫復問
白雲無盡時
馬より下りて君に酒を飲ましめ
君に問う
君は言う 意を得ず
白雲は尽くる時無からん
(一)
しかし、
「妙なものを見せられた」
それだけは伝えた。
それが何かということについては、見た目だけを語った。二輪の車のある箱状のもの。その
この
皆が
それは──
自分たちが、どうして、何のためにこの
真成自身も、それを訊ねたかった。
いや、訊ねたのだが、それについては口をつぐまれてしまったのである。
四人に語ったのは、誰に会ったのかということと、指南車の形状についてだけだ。
当然、四人は、他にもまだ話があったであろうということは、想像している。それがわかる。しかし、その先をあえて問うてはこなかった。
真成を信頼してのことである。
その信頼関係が、王菲との間にはない。
王菲に語ったのは、昨日、そこで誰に会ったのかだけだ。
もちろん、王菲はそれで満足しなかった。
「何か、あったんじゃないのかい」
しつこく問うてきたが、
「挨拶だけだ」
真成はそれで押し通した。
「けっ」
と、声をあげ、
「おれの話し損かよ。ここは、おとなしく引っ込んでおくけどな、何か思い出したら、おれに声をかけるのを忘れないでくれ」
王菲は、舌打ちしながら背を向けて、真成たちのいる小屋から出ていったのである。
真成は、椿麗にだけは、昨日のことをひと通り伝えて、色々と相談をしたかったのだが、まだ、その機会はないままだ。
昨日、帰り際に、
「今夜、ここで何があったかは、他言するなよ」
低い声で、このように言った。
「しかし、おれの仲間は、おれがあんたに呼ばれて出ていったことは、皆知ってるぜ。何があったか訊ねてくるだろうよ、必ず、な──」
「挨拶じゃと言うておけ。誰と
陳範礼が言い終えると、
「いずれ、いやでもわかることになる……」
姜亀鳴が、そう声をかけてきた。
「じきに、あっちからも声がかかってくるだろうからな──」
「あっち?」
「かかってくればわかる。そうしたら、今夜ここへ来た時のように、出かけてゆけ。ここを出られるように、はからっておく。行った先では、何を話してもよい。しかし、もどってきたら、そこで何があったかは教えよ。そうすれば、おいおいに、わかってくる。生きていればな……」
そうして、真成は、ここへもどってきたのである。
謎が多い。
しかし、椿麗には、相談しておきたかった。結果、椿麗がそうした方がいいと言うなら、天籟や雲雕、夢蘭には、昨日のことを話してしまおうとも考えている。
そして、
まずは、ふたりきりになるため、こちらに時おり視線を送ってくる椿麗に声をかけようとしたら、扉が開いて、
「真成はいるか?」
陳範礼が入ってきた。
陳範礼は、すぐに真成に視線を止め、
「向こうから、声がかかった……」
表情を変えぬ顔で、そう言った。
(後編へつづく)