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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.31

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#101〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

これまでのあらすじ

閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。翌日、姿を消した陶友章の遺体が見つかるが、王菲は昨晩、陶友章の異常な様子を目撃していた。

 二十三章 けんえんけん

送別そうべつ  おう

下馬飮君酒
問君何所之
君言不得意
歸臥南山陲
但去莫復問
白雲無盡時

馬より下りて君に酒を飲ましめ
君に問う いずくにかところぞと
君は言う 意を得ず
 なんざんほとりせんと
 だ去れ た問うことけん
 白雲は尽くる時無からん

     (一)

 おうは、不満そうな顔で帰っていった。
 しんせいが、昨日あったことを、ほとんど何も語らなかったからだ。
 しかし、こううんちようもうてんらいぼうらん椿ちんれいの四人にも、昨夜のことは少ししか語っていないのだ。
「妙なものを見せられた」
 それだけは伝えた。
 それが何かということについては、見た目だけを語った。二輪の車のある箱状のもの。そのさきに、老人らしきものの人形が飾られていたこと。伝えたのはそれだけであり、それが指南車であることも、たいこうぼうはりを探し出せと言われたことも口にしていない。
 このやかたの主、きようげんめい、三男の姜めいと会ったことは伝えた。その場に、東成とうせいしゅんがいたことは、流れ上しゃべったが、彼らが何のためにそこにいたのか、いったいどういう理由で、この地までやってきたのか、それも、真成は語りようがなかった。真成自身も、それを教えられていないからである。
 皆がたずねたいことは、真成もわかっている。
 それは──
 自分たちが、どうして、何のためにこのじようようの地までやってきたのか、である。
 真成自身も、それを訊ねたかった。
 いや、訊ねたのだが、それについては口をつぐまれてしまったのである。
 四人に語ったのは、誰に会ったのかということと、指南車の形状についてだけだ。
 当然、四人は、他にもまだ話があったであろうということは、想像している。それがわかる。しかし、その先をあえて問うてはこなかった。
 真成を信頼してのことである。
 その信頼関係が、王菲との間にはない。
 王菲に語ったのは、昨日、そこで誰に会ったのかだけだ。
 もちろん、王菲はそれで満足しなかった。
「何か、あったんじゃないのかい」
 しつこく問うてきたが、
「挨拶だけだ」
 真成はそれで押し通した。
「けっ」
 と、声をあげ、
「おれの話し損かよ。ここは、おとなしく引っ込んでおくけどな、何か思い出したら、おれに声をかけるのを忘れないでくれ」
 王菲は、舌打ちしながら背を向けて、真成たちのいる小屋から出ていったのである。
 真成は、椿麗にだけは、昨日のことをひと通り伝えて、色々と相談をしたかったのだが、まだ、その機会はないままだ。
 昨日、帰り際に、ちんはんれいは、
「今夜、ここで何があったかは、他言するなよ」
 低い声で、このように言った。
「しかし、おれの仲間は、おれがあんたに呼ばれて出ていったことは、皆知ってるぜ。何があったか訊ねてくるだろうよ、必ず、な──」
「挨拶じゃと言うておけ。誰とうたかまでは伝えてもかまわぬが、指南車のことも、りよしようの鉤のことも、口にするな」
 陳範礼が言い終えると、
「いずれ、いやでもわかることになる……」
 姜亀鳴が、そう声をかけてきた。
「じきに、あっちからも声がかかってくるだろうからな──」
「あっち?」
「かかってくればわかる。そうしたら、今夜ここへ来た時のように、出かけてゆけ。ここを出られるように、はからっておく。行った先では、何を話してもよい。しかし、もどってきたら、そこで何があったかは教えよ。そうすれば、おいおいに、わかってくる。生きていればな……」
 そうして、真成は、ここへもどってきたのである。
 謎が多い。
 しかし、椿麗には、相談しておきたかった。結果、椿麗がそうした方がいいと言うなら、天籟や雲雕、夢蘭には、昨日のことを話してしまおうとも考えている。
 そして、もんが、今朝口にしていたことも──
 まずは、ふたりきりになるため、こちらに時おり視線を送ってくる椿麗に声をかけようとしたら、扉が開いて、
「真成はいるか?」
 陳範礼が入ってきた。
 陳範礼は、すぐに真成に視線を止め、
「向こうから、声がかかった……」
 表情を変えぬ顔で、そう言った。

(後編へつづく)


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