遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#100〈後編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。
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当初は、『史記』に書かれていた
さらに、近年、河南省
『史記』は、まず、「三皇本紀」から書き出されている。
最初に書かれているのが、
次に書かれているのが「
次の王が、
炎帝が官名であり、神農が号である。
「
と『史記』は記す。
「木を
鋤や
この炎帝、
炎帝神農氏、五百三十年八代続いて、九代目の炎帝である
この軒轅が、世に知られる
黄帝。
が、『史記』で言われる五帝であり、舜の後に
広大な大陸の、歴史の
なかなか興味深い、人の脳の深層や、神話の底の物語に潜ってゆくようなテーマではあるのだが、この稿は、そこまで語られるべきものではない。
次から語られるのは、本来のこの物語に関係のある、軒轅こと黄帝の物語からである。
(二)
軒轅が、まだ黄帝となる前──
軒轅はまだ、炎帝神農氏楡罔のもとに並ぶ諸侯のひとりであった。
神農氏の力は衰え、諸侯は互いに争って土地を奪いあっており、民衆の苦しむことはなはだしかったのだが、神農は、これを
ここで、武器をもって立ちあがったのが、軒轅であった。
諸侯の多くは、軒轅の味方となり、軒轅は
しかし、このことに納得しなかったのが、
蚩尤もまた、炎帝と同じく姜の姓をもち、伝説によれば、人間の身体に牛の
蚩尤の頭は、銅のように固く、石を食べたという。
こうして、軒轅と蚩尤は、覇権をかけて戦うこととなったのである。
伝説は、次のように語る。
軒轅が、まず味方として戦場に送ったのが
応龍は、ふたつの翼を持ち、水を吐くことができた。応龍の吐き出すこの大量の水によって、蚩尤と蚩尤の軍は押し流された。
そこで、蚩尤が呼んだのが、
風伯が風を起こし、雨師が応龍の吐いた水を集め、それを暴風雨として、軒轅の軍を襲わせたのである。
蚩尤は、二本の手に
これに、軒轅の軍は破れてしまった。
この後、戦いは、怪物や
軍をたてなおした軒轅は、
勇んで蚩尤軍と剣を交えた軒轅であったが、ここで蚩尤が方術を使った。
術をもって霧を発生させて、軒轅の軍を覆い、方向を見失わせて、包囲を突破できないようにしたのである。
これに苦戦した軒轅が、考えたあげくに作り出したのが指南車である。
この指南車、闇夜であれ、霧の中であれ、常に同じ方位を指し示す。
この指南車を使って、軒轅は、蚩尤の居場所をさぐりあて、ついに、これを捕えて殺してしまったのである。
(つづく)