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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.30

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#100〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

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 当初は、『史記』に書かれていたいんは、神話や伝説であり歴史的には実在しなかった王朝であろうとされていたのだが、二十世紀に入って、なんあんようを中心にして、殷の遺跡が発掘され、そこから出土したおびただしい数の甲骨文の解読によってこの王朝の実在が証明されたのである。
 さらに、近年、河南省らくようえん区翟鎮とう村で発見された二里頭遺跡が、殷より古い時代のものであることがわかり、現在ではこれが夏王朝の遺跡であろうというのが定説となっている。
『史記』は、まず、「三皇本紀」から書き出されている。
 最初に書かれているのが、すいじん氏に代わって天位をつぎ、王となった「ふつ氏」で、母のしよが、神人の足あとを踏んで身ごもり、伏羲(ほう)を生んだという。この伏羲、その姓をふうといい「蛇身人首」であったという。
 次に書かれているのが「じよ氏」で、この女媧も伏羲と同様に、風姓で「蛇身人首」であった。
 次の王が、えんていしんのう氏で、これはれつざんよりおこった一族であるという。
 炎帝が官名であり、神農が号である。
じんしんぎゆうしゆなり」
 と『史記』は記す。
「木をりてし、木をたわめてらいと爲し、らいどうの用、もつばんじんをしへ、始めて耕を教ふ」
 鋤やなどの様々な農器具を作り、その使用法を教えたことから、神農と号すようになったというのである。また、百草を自分でめて、幾つもの薬草を見つけ、市を開くことも炎帝が教えたことであり、伏羲の八卦をかさねて六十四卦となしたのも、五絃のしつを作ったのも炎帝であると『史記』は言う。
 この炎帝、きよう姓であった。
 炎帝神農氏、五百三十年八代続いて、九代目の炎帝であるぼうの時、けんえん氏がおこってとって代わられた。
 この軒轅が、世に知られるこうていである。
 黄帝。
 せんぎよく
 ていこく
 ぎよう
 しゆん
 が、『史記』で言われる五帝であり、舜の後にていとして即位したのが、顓頊の孫であるであり、この禹が、夏王朝の始祖となったのである。
 広大な大陸の、歴史のれいめい期、歴史はぼうようとして、もはや神話や物語とわかちがたく溶けあっており、人類史で言えば、当時、人類は新石器時代と呼ばれる時代を生きていた。
 なかなか興味深い、人の脳の深層や、神話の底の物語に潜ってゆくようなテーマではあるのだが、この稿は、そこまで語られるべきものではない。
 次から語られるのは、本来のこの物語に関係のある、軒轅こと黄帝の物語からである。

     (二)

 軒轅が、まだ黄帝となる前──
 軒轅はまだ、炎帝神農氏楡罔のもとに並ぶ諸侯のひとりであった。
 神農氏の力は衰え、諸侯は互いに争って土地を奪いあっており、民衆の苦しむことはなはだしかったのだが、神農は、これをせいすることができなかった。
 ここで、武器をもって立ちあがったのが、軒轅であった。
 諸侯の多くは、軒轅の味方となり、軒轅ははんせん(現在の河北省てい市の東にある)において三たび神農の軍と戦って、これをうち破った。
 しかし、このことに納得しなかったのが、ゆうである。
 蚩尤もまた、炎帝と同じく姜の姓をもち、伝説によれば、人間の身体に牛のひづめをもち、眼が四つ、腕が六本、両耳から立つびんは、長く剣のように鋭かったという。さらに、この蚩尤、銅の鉱山を持っていて、剣、よろいほこなどの武器を作り、軍隊も強かった。
 蚩尤の頭は、銅のように固く、石を食べたという。
 こうして、軒轅と蚩尤は、覇権をかけて戦うこととなったのである。
 伝説は、次のように語る。
 軒轅が、まず味方として戦場に送ったのがおうりゆうである。
 応龍は、ふたつの翼を持ち、水を吐くことができた。応龍の吐き出すこの大量の水によって、蚩尤と蚩尤の軍は押し流された。
 そこで、蚩尤が呼んだのが、ふうはくである。
 風伯が風を起こし、雨師が応龍の吐いた水を集め、それを暴風雨として、軒轅の軍を襲わせたのである。
 蚩尤は、二本の手にほこを、もう二本の手に矛を持ち、残った二本の手には剣を、両足には石と弓を持って闘ったという。
 これに、軒轅の軍は破れてしまった。
 この後、戦いは、怪物やもうりようたちの争いとなってゆくのだが、煩雑を避けるため、この伝説の戦いを要約すれば、以下のようにして、この戦いは終ることとなった。
 軍をたてなおした軒轅は、涿たく鹿ろく(現在の河北省涿鹿県の南東にある)において、蚩尤と再びたいした。
 勇んで蚩尤軍と剣を交えた軒轅であったが、ここで蚩尤が方術を使った。
 術をもって霧を発生させて、軒轅の軍を覆い、方向を見失わせて、包囲を突破できないようにしたのである。
 これに苦戦した軒轅が、考えたあげくに作り出したのが指南車である。
 この指南車、闇夜であれ、霧の中であれ、常に同じ方位を指し示す。
 この指南車を使って、軒轅は、蚩尤の居場所をさぐりあて、ついに、これを捕えて殺してしまったのである。

(つづく)


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