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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.26

【連載小説】遣唐使・井真成は太公望の鉤を探す任務を言い渡される。 真成一行に魔の手が忍び寄る! 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#98〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

>>前編を読む

    (三)

 真成が、門から入ったところにある広場までもどってみると、そこに、人が集まっていた。
 共にここまで旅をしてきた兵士たちや、王菲おうひたちや椿麗、夢蘭、天籟、そして起きてきた雲雕など、ほぼ全員の顔がその広場にあった。
 もちろん、東成とうせいの顔もそこにあった。ないのは、しゆんと、きよう一族の顔だけである。
 陳範礼も、そこにいた。
 陳範礼は、皆が作る輪の中心にあって、馬にまたがっていた。
 今、馬で門の外からもどってきて、その場で皆に囲まれてしまったというところか。
 皆が、馬に乗った陳範礼を囲んでいる理由は、すぐにわかった。
 陳範礼が、くらの後ろに、人の死体を乗せていたからである。
 その死体は、腹を馬の尻にかぶせるようにして、馬の左側と右側に、両腕と両足をだらりと垂らしている。それが、死体であるのは、見てすぐわかった。
 馬の右側に垂らした首は、半分もげそうになっていたからである。喉がぱっくりと割れていて、そこから流れ出た血が、髪の先から地に滴っていた。
 その死体が、行方がわからなくなっていた陶友章だったのである。
「昨日、来た道を、南へ半里ほどもどったところで見つけた」
 陳範礼は、よく通る声で言った。
 ことさら大きな声を出しているわけでもない。淡々とした口調だ。その分、その声はよく周囲に届いてきた。
「見つけた時には、すでにこうなっていた……」
 陳範礼は、言いながら、全員の表情をうかがうように、周囲を眺め回した。
「どうして、陶友章が外へ出ていったのか、心あたりのある者はいるか?」
 陳範礼は、しばらく待ったが、誰も答える者はない。
「ただ、ひとつ、ここで皆に言っておく。陶友章が、どうしてここから出たかはわからぬが、もしも、許可なくここから逃げようとする者、抜け出そうとする者がいたら、この陶友章と同じ運命をたどることになる。このおれが、その者の首を、このようにしてやるからだ。よいか、わかったな――」
 陳範礼が手網を揺らすと、馬が、後足で地を二度ほど蹴った。
 馬の尻から、陶友章の死体が頭からずり落ちて、地に仰向あおむけになった。
「誰か、始末しておけ――」
 陳範礼が、馬の腹を軽く蹴ると、馬が動き出した。
 すぐに、陳範礼の姿は、馬舎うまやの方に消えていた。
「では、また後でな――」
 渦門が、真成の耳に囁くように言って、その場を去っていった。
 すぐに椿麗が寄ってきて、
「何だったの?」
 そう問われた。
「昨日、ここの姜一族と、どんな話をしたか、それを訊ねられた」
 真成は、本当のことを言った。
 それは、うそではない。
 しかし、もうひとつのこと――頭の中に響いた声については、口にしなかった。
「言ったの?」
「いいや、言わなかった」
 これも、本当のことだ。
「昨夜、わたしたちにも言わなかったけど……」
「まだ、どこまで話していいのか、決心がつかないんだ。しかし、きみだけになら話してもいいと思っている。どこかで、ふたりきりになった時に話す。このことについては、相談にのってほしいと思っているんだ」
「わかったわ」
 椿麗がうなずいた時、
「おい、逢引あいびきの相談かい」
 雲雕が、背後から声をかけてきた。
 振り向くと、雲雕の左右に、天籟、夢蘭が立っていた。
「なんだか、また、妙なことが起こりかけているようだな……」
 雲雕は、太い腕を組んで、陶友章の死体をかたづけている兵士たちに眼をやった。
 天籟は、こういう時も、無駄なことは口にせず黙っている。
 そこへ――
「兄貴」
 と、真成の前へ、姿を現わした男がいた。
 胸の前で、もみ手をしている男――王菲だった。
「どうやら、また、何かが始まっちまったようだねえ」
 うれしそうに笑っている。
「何だ」
 真成が、王菲を見やる。
「いや、なに、なんだかおれの鼻の奥が、むずむずしてきやがったってえことでね。何か起こる時にゃ、決まってこうなるんだよ――」
 王菲は、右手の甲で鼻をこすってから、大きなくしゃみをした。
「ほらね」
王菲は真成を見た。
「たぶん、こいつは始まりだ。人死にのね。また、これからたくさん人が死ぬ。その最初が、あの陶友章のやつってえわけだ」
「だろうな」
 真成もうなずく。
 ちょうど、同じことを考えていたところだった。
「そいつから、生き残らにゃならねぇ。それで、兄貴と、ひとつ相談しておこうと思ってね」
 そう言って、王菲は、
 ひひ――
 と、笑って、真成を見た。
「何だ」
「ちょっと、ふたりっきりになって、話したいんだけどね」
「だめだ。話があるというんなら、今、ここで、みんなの前でするんだ」
 真成が言うと、王菲は困ったようにまた笑みを浮かべてみせ、
「兄貴、昨日の夕方、ここの連中と会ったんだろう?」
 そう訊ねてきた。
「その時、どういう話をしたのか、それを教えてもらいたいと思ってね。いや、いやいやいや、もちろん、一方的に聞こうとは思っちゃいないよ。それを教えてくれるんなら、こっちだって、兄貴に、それに見合うような話をすることができるってことさ――」
「それは?」
「たとえば、夕べ、陶友章に、何があったのかっていうことなんかをね――」

(つづく)


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