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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.23

【連載小説】遣唐使・井真成は杜子春らと旅に出た。そこで太公望の鉤を探す任務を言い渡される。夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#97〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

これまでのあらすじ

遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加した。心強い仲間を得て、襲い掛かる銭惟演を打ち破る。死闘を潜り抜けた後、かつて城内では人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったことを告げられる。生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った屋敷で、真成はひとり呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。

  二十一章 指南車

   破斧はふ

  旣破我斧
  又缺我斨
  周公東征
  四國是皇
  哀我人斯
  亦孔之將

  旣破我斧
  又缺我錡
  周公東征
  四國是吪
  哀我人斯
  亦孔之嘉

  旣破我斧
  又缺我銶
  周公東征
  四國是遒
  哀我人斯
  亦孔之休

   すでにわが斧は破れ

  旣に我がを破り

  旣に我がを破り
  又 我がしやうを缺く
  周公東征し
  四國をこれただ
  我がたみかなしむこと
  亦 はなはだこれおほいなり

  旣に我がを破り
  又 我がを缺く
  周公東征し
  四國をこれくわ
  我がたみかなしむこと
  亦 はなはだこれ

  旣に我がを破り
  又 我がきうを缺く
  周公東征し
  四國をこれあつ
  我がたみかなしむこと
  亦 はなはだこれ

(読み下し、白川静)

     (一)

 真成しんせいは、眠っている。
 浅い眠りだ。
 夢とうつつ端境は ざかいにある闇の中に、浮いているようである。
 半分覚醒して、半分は眠っている。
 真成が眠っているのは、寝台であった。
 真成、椿麗ちんれいこう雲雕うんちようもう天籟てんらい夢蘭ぼうらん――全員分、五台の寝台が用意されて、皆、そこで寝息をたてている。眠りの中にまではっきり届いてくるのは、雲雕のいびきだ。
 そういうものが、眠っている真成には、実際の十分の一くらいの量で意識されているのである。
 覚醒している真成は、夕刻にあったことを、頭の中で反芻はんすうしている。
 食事が済んだ後、ちん範礼はんれいに呼ばれて、この屋敷の主であるきよう玄鳴げんめいという老人と、その息子の姜亀鳴き めいという親子と会ったのである。
 そこにいたのは、そのふたりの他には、しゆん東成とうせい、そして、真成をそこまで案内した陳範礼だった。
 そこで、真成は、西伯せいはくと出会った時、太公たいこう望呂尚ぼうりよしようが使用していたとされる釣りばりの探索を命じられたのであった。
 太公望呂尚と西伯が出会ったという話を、もちろん、真成は知っている。
 知ってはいるが、それは、伝説や神話と同じだ。その出会った場所が、まさにこの地であったとは、さきほど教えられたばかりである。
 本当か。
 本当に彼らは実在したのか。実在したとしても、それは遥か千年に余る昔のことである。太公望呂尚が、釣りをしていて、しかもそのはりが今も残っているというようなことがあるのか。
 伝えられるところによれば、その時、鉤は使っていなかったとも、鉤状に曲がっていない一本針であったとも言われている。いずれかもわからぬその鉤をどのようにして探せというのか。
「いったい、どうやってその鉤を探せばいいのか――」
 真成は、その時訊ねている。
「探せるさ、そなたであればなあ……」
 そう言ったのは、姜玄鳴であった。
「むこうから、やってくる……」
「むこうから?」
「ああ。いずれ、何かが起こる。その時、間違いさえしなければ、そなたは呂尚の鉤までたどりつけるであろうよ」
「何故、そんなことが言えるのだ」
「それは、そなたが、その剣を背負っておるからさ、なあ……」
「この剣?」
破山剣は ざんけんをさ」
 姜玄鳴は言った。
「どうして、この破山剣を持っていると、何かが起こるのだ」
「起こるさ……」
 姜玄鳴が、うなずく。
「いずれ、わかる。いずれな……」
 そう言ったのは、姜亀鳴であった。
「何かが起こる。何が起こるかはわからない。おぬしの役目は、その何かが起こった時、ただちに、我らに報告することじゃ」
 姜玄鳴と、亀鳴の言葉につけ足すように、蘇東成が、そう言ったのである。
 そういうことが、しばらく前にあったのである。
 いったい、何が起こるというのか。
 実際にそれが起こった時、それがそうだと自分にわかるであろうか。
 それにしても、この破山剣に、そのような力があるのか。
 あの時、確かに、この破山剣は、岩を斬り、山を裂いた。
 今は、ただの剣だ。
 いや、ただの剣にしては、よく斬れるし、刃と刃が嚙みあっても、刃こぼれしない。
 そういう意味では、優れた剣である。
 だが、今は、岩や山を斬ることができるような剣でないのはよくわかっている。
 真成は、破山剣を、寝台の上で抱えて眠っている。
 今では、自分の身体からだの一部であるような気さえしている。
 しかし、これから起こることとは――
 この地にやってきて、この屋敷の門をくぐる時、頭の中に、誰かの声が響いたような気がした。
 何か、というのは、あの声のことだろうか。
 考えているうちに、半分覚醒していた真成の意識も、だんだん眠りの中に引き込まれてゆく。
 そして、深い沼のような眠りの底に沈んでゆく寸前――
 ふふふふふ…………
 くくくくく…………
 来た………………
 ようやっと来た……
 低い笑い声と、誰かのよろこびの声が、耳の奥に届いてきたような気がした。
 おるわ……
 我らの仲間も、きゃつらの中におる……
 ひひ、
 くくく、
 くかかかか……

(後編へつづく)


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