【連載小説】遣唐使・井真成は杜子春らと旅に出た。そこで太公望の鉤を探す任務を言い渡される。夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#97〈前編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。
これまでのあらすじ
遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加した。心強い仲間を得て、襲い掛かる銭惟演を打ち破る。死闘を潜り抜けた後、かつて城内では人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったことを告げられる。生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った屋敷で、真成はひとり呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。
二十一章 指南車
破斧
旣破我斧
又缺我斨
周公東征
四國是皇
哀我人斯
亦孔之將
旣破我斧
又缺我錡
周公東征
四國是吪
哀我人斯
亦孔之嘉
旣破我斧
又缺我銶
周公東征
四國是遒
哀我人斯
亦孔之休
すでにわが斧は破れ
旣に我が
旣に我が
又 我が
周公東征し
四國をこれ
我が
亦
旣に我が
又 我が
周公東征し
四國をこれ
我が
亦
旣に我が
又 我が
周公東征し
四國をこれ
我が
亦
(読み下し、白川静)
(一)
浅い眠りだ。
夢と
半分覚醒して、半分は眠っている。
真成が眠っているのは、寝台であった。
真成、
そういうものが、眠っている真成には、実際の十分の一くらいの量で意識されているのである。
覚醒している真成は、夕刻にあったことを、頭の中で
食事が済んだ後、
そこにいたのは、そのふたりの他には、
そこで、真成は、
太公望呂尚と西伯が出会ったという話を、もちろん、真成は知っている。
知ってはいるが、それは、伝説や神話と同じだ。その出会った場所が、まさにこの地であったとは、さきほど教えられたばかりである。
本当か。
本当に彼らは実在したのか。実在したとしても、それは遥か千年に余る昔のことである。太公望呂尚が、釣りをしていて、しかもその
伝えられるところによれば、その時、鉤は使っていなかったとも、鉤状に曲がっていない一本針であったとも言われている。いずれかもわからぬその鉤をどのようにして探せというのか。
「いったい、どうやってその鉤を探せばいいのか――」
真成は、その時訊ねている。
「探せるさ、そなたであればなあ……」
そう言ったのは、姜玄鳴であった。
「むこうから、やってくる……」
「むこうから?」
「ああ。いずれ、何かが起こる。その時、間違いさえしなければ、そなたは呂尚の鉤までたどりつけるであろうよ」
「何故、そんなことが言えるのだ」
「それは、そなたが、その剣を背負っておるからさ、なあ……」
「この剣?」
「
姜玄鳴は言った。
「どうして、この破山剣を持っていると、何かが起こるのだ」
「起こるさ……」
姜玄鳴が、うなずく。
「いずれ、わかる。いずれな……」
そう言ったのは、姜亀鳴であった。
「何かが起こる。何が起こるかはわからない。おぬしの役目は、その何かが起こった時、ただちに、我らに報告することじゃ」
姜玄鳴と、亀鳴の言葉につけ足すように、蘇東成が、そう言ったのである。
そういうことが、しばらく前にあったのである。
いったい、何が起こるというのか。
実際にそれが起こった時、それがそうだと自分にわかるであろうか。
それにしても、この破山剣に、そのような力があるのか。
あの時、確かに、この破山剣は、岩を斬り、山を裂いた。
今は、ただの剣だ。
いや、ただの剣にしては、よく斬れるし、刃と刃が嚙みあっても、刃こぼれしない。
そういう意味では、優れた剣である。
だが、今は、岩や山を斬ることができるような剣でないのはよくわかっている。
真成は、破山剣を、寝台の上で抱えて眠っている。
今では、自分の
しかし、これから起こることとは――
この地にやってきて、この屋敷の門をくぐる時、頭の中に、誰かの声が響いたような気がした。
何か、というのは、あの声のことだろうか。
考えているうちに、半分覚醒していた真成の意識も、だんだん眠りの中に引き込まれてゆく。
そして、深い沼のような眠りの底に沈んでゆく寸前――
ふふふふふ…………
くくくくく…………
来た………………
ようやっと来た……
低い笑い声と、誰かの
おるわ……
我らの仲間も、きゃつらの中におる……
ひひ、
くくく、
くかかかか……
(後編へつづく)