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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.24

【連載小説】遣唐使・井真成は杜子春らと旅に出た。そこで太公望の鉤を探す任務を言い渡される。夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#97〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

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     (二)

 翌朝――
 真成が眼覚めざめた時、何やら外が騒がしかった。
 すでに、椿麗、天籟、夢蘭は起きていて、眠っているのは、あとは雲雕だけだ。
 いつもであれば、もう少し早く起きるはずなのだが、昨夜は、意識の半分がずっと目覚めていて眠りが浅く、その分余計に眠ってしまったらしい。
 破山剣を背に負って、外へ出る。
 庭で、兵士たちが、何やら忙しそうに動いていた。
 出たところに、天籟、椿麗、夢蘭が立っていて、
「起きたのね」
 椿麗が声をかけてきた。
「何があったんだ」
 真成が問うと、
とう友章ゆうしようが、いなくなったらしいわ」
 椿麗が言う。
「いなくなった?」
「逃げたんじゃないかって、そう言う者もいる」
 陶友章は、あの城の中で、なんとか生きのびた仲間のひとりである。
 隣の棟で、王菲おうひたちと一緒に眠っていたのではなかったか。
 逃げたというのは、他の仲間六人に、気づかれることなく抜け出したということだ。
 しかし、そのようなことができるのか。
 他の仲間六人の誰にも気づかれず、出てゆくというようなことが。
 できた、ということであろう。
 現実に陶友章がいなくなったのであれば――
 その時、
「真成……」
 左手から、ふいに真成の名を呼ぶ者がいた。
 真成が左へ顔を向けると、そこにちんまりした身体に、黒いきぬを身にまとった、白髪、白髥はくぜんの老人が立っていた。
 伸び放題の髪は、頭の後ろで束ねられ、それが青いひもで結ばれていた。
 渦門かもんであった。
 城へ入る前に、それぞれが一対一で闘って、人数減らしをさせられたのだが、その時、渦門は、不思議な術を使って、相手を倒している。
 その前の闘いで、夢蘭と父親が闘うことになり、父は夢蘭に、自らが死ぬことによって勝ちを譲った。その時交わされた会話を、再びなぞるような会話を、渦門と相手の男はした。渦門が、相手の男に、何かの術をかけたのだとわかる。
 そして、渦門が生きのびたのである。
 その時以来、目立つことはなかったが、城の中でも、渦門は生きのびた。
 しかし、渦門は、見た目は七十代の老人である。いったい、どのようにして、生きのびたのか。
 細かいことを言い出せばきりがないが、奇妙な老人であることは間違いがない。
 その渦門が、声をかけてきたのだ。
「なんだ」
 真成が言うと、
「話したいことがある」
 渦門が言った。
「話したいこと?」
「そうだよ。しかし――」
 と、渦門は周囲を眺め、
「ここではできぬ話じゃ。もう少し人気ひと けのないところへゆかぬか――」
 真成をうながした。
「わかった」
 真成がうなずくと、もう渦門は、背を見せて、ゆるゆると歩きだしていた。
 渦門に追いつき、並んで歩きだしたところで、
「あんた、声を聴いたかね」
 渦門が、小声で問うてきた。
「声?」
「昨日のことだよ。我々がここへやってきた時、声を耳にしたのではないか――」
「どうして、そんなことがわかるのだ」
「あの時、わしは、あんたのすぐ近くを歩いていてな、あんたが足を止め、その眼で周囲を見回したのだ。その時の眼つきは、いきなり声をかけてきた相手を探そうとしているようなものであったのでな……」
 そうか。
 そう思いつつも、真成は、もうひとつのことに思い至っていた。
「渦門だったっけ? あんた、あんたもあの時、あの声を聴いたということなのかい」

(つづく)


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