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連載

青崎有吾「地雷グリコ」 vol.2

【連載小説】ミステリ界の旗手・青崎有吾が放つ頭脳バトル小説、第1弾!「地雷グリコ」#2

青崎有吾「地雷グリコ」

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    2

 場の雰囲気が変わった。
 いや、頬白神社の階段は先ほどと同じ静謐さを保っている。変わったのは人のほう、階段を見上げる真兎と椚先輩だ。地雷という物騒な単語がひきがねとなったかのように、二人の目が鋭さを帯びるのがわかった。塗辺くんの言う〝探り合い〟がすでに始まっているようにも思えた。
「地雷ねえ」真兎は首を傾けて、「椚先輩、踏んだことあります?」
「踏んだ経験がある高校生は日本には少ないだろうな」
「私はよく踏みますよ。午後のロードショーとかで」
「それはC級映画を見ただけだろ」
 先輩は鉄の装甲で冗談を跳ね返し、「具体的にはどういうゲームだ?」と審判に尋ねる。
「では、ルールを説明します」
 塗辺くんは無造作ヘアをいじりながら話し始めた。
「基本は一般的なグリコと同じです。お二人には毎ターン、『グーリーコ』のかけ声とともにジャンケンをしていただきます。ジャンケンに勝ったプレーヤーは出した手に応じて階段を上ります。グーで勝ったら〈グリコ〉で三段、チョキで勝ったら〈チヨコレイト〉で六段、パーで勝ったら〈パイナツプル〉で六段です。これを繰り返し、階段を先に上り終えたプレーヤーが最終的な勝者となります」
 ただのグリコのルールを、こんなに丁寧に説明されることもなかなかない。
「次に、地雷について。ゲーム開始前、お二人には階段内の三つの段に地雷を仕掛けていただきます。ゲーム中に地雷が仕掛けられた段で立ち止まった場合、その地雷を〝踏んだ〟と見なします」
 塗辺くんはポケットを探り、ストラップのついた小さな機器を二つ取り出した。黄色い星型のものと、ピンクのハート型のもの。
「ワイヤレスのブザーを用意しました。お二人が地雷を踏んだかどうかはこれでお知らせします」
「こだわるねえ」と、真兎。「高くなかった?」
「いえ。百均で買ったものなので」
 塗辺くんはハート型のブザーを真兎に、星型を椚先輩に配り、続いてリモコンらしきものを取り出す。ボタンが操作されると、
 ボオン!
 二人の手の中で爆発音が鳴った。
「地雷の踏み方には〈被弾〉と〈ミス〉の二種類があります。相手プレーヤーの仕掛けた地雷を踏んでしまった場合、爆発音が鳴って〈被弾〉となります。〈被弾〉したプレーヤーはペナルティとして、即座にその段から十段下がっていただきます」
「十段か……」
 江角先輩がうなるように言った。グリコは一度につき最高六段しか進めない。十段下がりはなかなかきついペナルティだ。
 塗辺くんは再びリモコンを操作する。
 ブィィィン。
 今度は音なしで、バイブレーションだけだった。
「ゲームの展開によっては、自分が仕掛けた地雷を自分で踏んでしまうケースも考えられます。その場合はブザーが震えて〈ミス〉となります。爆発はしないので段を下がるペナルティはありません。が、相手プレーヤーに地雷の場所がばれます。〈ミス〉にも充分お気をつけください」
「待った」椚先輩が手を上げる。「爆発しないということは、〈ミス〉の場合、地雷はその場に留まり続けるのか」
「そうです。あとから相手プレーヤーがその段を踏めば、爆発します」
「はいはい」今度はいちごオレが高く掲げられた。「たとえば私が〈ミス〉して、次のターンで先輩がその段に追いついたとするじゃん? そしたら先輩〈被弾〉じゃん? 同じ段にいる私もとばっちり?」
「いいえ。プレーヤー二人が同じ段にいる状態で地雷が爆発しても、両者ペナルティという形にはなりません。ペナルティを受けるのは爆発音が鳴ったプレーヤーのみです。今のたとえに沿いますと、射守矢さんはその段に留まったまま。〈被弾〉した椚先輩だけが十段のペナルティを負います」
「あ、そう。了解」
「もう一つ、〈あいこルール〉について説明します。一ターン内で同じ手によるあいこが五回以上連続した場合、ゲームを円滑に進めるため、そのターンのジャンケンは〝ゴールから遠い段にいるプレーヤー〟の負けとさせていただきます。勝ったプレーヤーは三段か六段、好きなほうを選んで階段を上れます。両者が同じ段に立っていた場合は、あとから来たほうのプレーヤーを〝ゴールから遠い〟と見なします」
 これは少し奇妙というか、念を入れすぎなルールに思えた。
「同じ手のあいこが五連続って、そんなことめったになくない?」
「いいえ鉱田さん。このゲームに関しては充分ありえます」
 また意味深に言ってから、塗辺くんは「以下は補足ですが」と続ける。
「設置できる地雷は一段につき一つまで。スタート地点とゴール地点――ゼロ段目と四十六段目に仕掛けることはできません。地雷の設置は、これからお二人に紙を渡し、そこに希望の段数を三つ書いていただく形で行います。希望がかぶってしまった場合はその段数のみを公表し、再度設置をやり直します。以上です」
 説明が終わると、ルールを吟味するように全員がしばし黙り込んだ。私も得た情報を頭の中でまとめてみる。
 基本は普通のグリコと同じ。ただし隠れた地雷が計六発。相手の地雷を踏んだら十段下がる。自分の地雷を踏んだら相手にその場所がばれる――要約すれば、ただそれだけ。
「なるほど」椚先輩が腕組みを解いた。「くだらないことには変わりないが、なかなか面白そうなゲームだ」
「恐縮です」
「塗辺くん審判が堂に入ってるね」と、真兎。「こういうの好きなの?」
「委員長に頼まれたのでやっているだけです」
「部活どこ? ボードゲーム部?」
「ラクロス部です」
 い、意外な事実が判明した。人は見かけによらない。
「では、まず地雷の設置から行います。この紙に希望の段数をお願いします」
 ラクロス部員は紙とペンを二組取り出し、やはり堂に入った所作で二人に配った。「俺らはちょっと離れてようか」と江角先輩に言われ、介添組は狛犬の脇に身を寄せる。
「ねえねえ」用紙を受け取りながら、真兎が塗辺くんに話しかけた。「この階段ってさ、全部で何段?」
「四十六段です。最初にも言いましたが」
「あ、そう? ごめんごめん、文系だからさあ数字が苦手で」
 なははは、と悪びれない笑い声。椚先輩はあきれたように片眉を上げ、私も口元がひきつった。真兎、開始前からそんなんで大丈夫? だってこのゲーム、
「このゲーム、けっこうシビアかもな」
 考えていたのと同じことを、江角先輩が小声で言った。
「地雷をどこに置くかで戦略が決まるけど、問題は置き場所が限定されることだ。鉱田だったらどこに仕掛ける?」
「……十二段目以降の三の倍数の段、十二ヵ所のうちどれか三つ」
「だよな。俺も同意見」
 スタート地点・ゴール地点を除いた四十五段のうち、地雷が仕掛けられた段は自分と敵とを合わせて計六つ。一見〈被弾〉や〈ミス〉の危険は少ないように思えるが、実はそうではない。二つの理由から地雷を仕掛けるのに適した場所はかなり絞られる。
 第一に、〈被弾〉の際のペナルティが十段であること。このペナルティを充分に活用するなら、地雷は十段目以降に仕掛けるのが得策だろう。仮に六段目に仕掛けて、相手をうまく〈被弾〉させたとしても、その場合はペナルティを六段しか食らわせられず四段分が無駄になる。スタート地点より下には下がりようがないからだ。
 第二に、グリコは必ず三の倍数で進むゲームであること。グーで勝ったら三段。チョキかパーで勝ったら六段。どんな組み合わせで階段を上っていくにしても、プレーヤーは三の倍数の段しか踏まない。
 したがって〝十段目以降の段〟かつ〝三の倍数の段〟に地雷を仕掛けるのが一番よい。つまり設置に適した段は――十二段目、十五段目、十八段目、二十一段目、二十四段目、二十七段目、三十段目、三十三段目、三十六段目、三十九段目、四十二段目、四十五段目の、計十二ヵ所。
 両者がこのセオリーに従って設置を行ったとすると、地雷が仕掛けられた段は十二ヵ所のうち計六ヵ所。十二段目以降は二分の一の確率で地雷を踏むことになってしまう。江角先輩の言うとおりかなりシビアなゲームになるのだ。
 だから覚悟して臨まないと――と思ったのだが。
「ほい」
 真兎は特に悩んだ様子もなく、用紙を提出してしまった。数秒遅れて椚先輩も提出。塗辺くんは二枚に目を通し、寝癖頭を上下させる。
「OKです、数字はかぶっていません。お二人の地雷は無事に設置されました。では、スタート位置についてください」
「あ、ちょい待ち」
 真兎はこちらに寄ってきて、私にいちごオレを渡した。
「これ、残り飲んでいいから」
「真兎、大丈夫? 勝てそう?」
「んーどうだろ。先輩がうまく地雷を踏んでくれればいいけど」
 口ぶりと裏腹に表情は余裕綽々で、どこからその自信が来るのかと逆に不安になる。
「椚、応援してるぞ~」
「しなくていい。今年のはたいした相手じゃない」
 敵も敵で自信たっぷりな様子だ。見た目は対照的な二人だが、負けず嫌いという点では一致するかもしれない。
 そんな代表者たちが階段の前に並んだ。椚先輩は星型ブザーを胸ポケットに入れ、真兎はハート型ブザーを腰からぶら下げる。手を後ろに組んだ塗辺くんがその間に立ち、宣言する。
「それでは〈愚煙試合〉決勝戦、《地雷グリコ》開始です。第一ターン。両者ご用意を」
 二人は向き合い、同時に右手を上げた。屋上を賭けた一大勝負。場が妙な緊張感に包まれ、私は祈るような気持ちでぬるくなったいちごオレを飲みほす。
 晴天の昼下がり。神聖な神社の入口で。
 いい年した高校生二人が、叫んだ。
「「グー、リー、コ!」」

(つづく)


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