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連載

青崎有吾「地雷グリコ」 vol.1

特別公開! ミステリ界の旗手・青崎有吾が放つ頭脳バトル小説、第1弾!「地雷グリコ」#1

青崎有吾「地雷グリコ」

本作は「小説屋sari-sari」2017年11月号に掲載された短編です。
【2023年11月30日追記】2023年11月27日発売・青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA単行本)に一部内容を修正のうえ収録しています。

 ◆ ◆ ◆

    1

 待ち合わせ場所の第二化学室はまだ授業で使ったことがなくて、見つけるのに少し手間取った。ドアを開けると、相手側はもう到着済みだった。
 ダブルボタンのブレザーをきっちり着込んだ、スクエア眼鏡がよく似合う男子と、背の高い垢抜けた印象の男子。くぬぎ先輩と、すみ先輩。直接会うのは初めてだが名前は知っている。生徒会メンバーは校内でも有名だ。
 椚先輩が指先で腕時計を叩く。
「六分遅刻だ」
「すみません。旧校舎、あんまり来ないので」
「いーよいーよ」と、社交的に微笑む江角先輩。「にしてもびっくりだよ、決勝の相手が一年なんて。もりってのはどっち? 君?」
「私は介添人です。鉱田こうだといいます。真兎まとは……」
 じゅぞぞぞ。
 ストローを吸う音が紹介を遮った。
 子猫のような身軽さで、綿毛のように飄々とした少女が進み出て、椚先輩の前に立つ。
 右手にはさっき購買で買ったいちごオレ。栗色の長髪に短めのプリーツ。ぶかぶかのカーディガンは今にも肩からずり落ちそうで、だらしないから直せと毎日言っているのだが改善の気配は一向にない。詐欺師みたいに口元だけで笑うと、彼女は軽快に名乗った。
「どもども、射守矢です。一年四組、射守矢真兎」
「おまえか」椚先輩は値踏みするように真兎を眺めた。「チャイニーズチェッカーで将棋部の大澤おおさわを破ったそうだな」
「ええまあ。武蔵の法則が効きましてね」
「ムサシ?」
「宮本武蔵ですよ。遅れて登場した者が勝つんです。てなわけで先輩にも楽勝です」
「ジンクス頼みで勝てるほど〈えんあい〉は甘くないぞ」
 挑発を受けても椚先輩の表情は崩れない。冷静沈着系三年男子とちゃらんぽらん系一年女子。対照的な二人だ。
 椚先輩は眼鏡を押し上げ、なぜか部屋の隅に声をかける。
「全員そろった。始めてくれ」
「承知しました」
 ぎょっとした。
 いつからいたのか、日陰に溶け込むようにしてもう一人男子の姿があった。淀んだ目を伏せ、頭の左側が不自然に跳ねている。
「ど、どなたですか」
ほおじろ祭実行委員一年のぬりと申します。本日の審判役ジャッジを務めます。よろしくお願いします」
「よろしくー」と、真兎。「塗辺くん寝癖跳ねてるよ」
「無造作ヘアがモテるとメンズノンノに書いてあったので」
「それじゃモテんよ。ちょっとこっち来てみ?」
「いいから早く始めろ」
 椚先輩が急かした。江角先輩も寄りかかっていた実験机から離れ、
「何で決める? チェス? 囲碁? それともポーカー?」
「いえ。もっと誰でも知っているシンプルなゲームを用意しました。とりあえず外に出ましょう」
「外に?」椚先輩は眉をひそめる。「何をやる気だ」
「ついてきていただければわかります」
 ぼそぼそと言い、ドアへ向かう塗辺くん。審判がそう言うなら従うしかなかった。生徒会の二人があとを追い、私たちもそれに続く。
 じゅずぞぼ、とまた耳障りな音。一年四組の代表者はいちごオレをすすりながら、映画の上映開始前みたいな目で椚先輩の背中を眺めていた。相変わらず緊張感の欠片もない。
「真兎……わかってると思うけど、うちのクラスの命運があんたにかかってるから」
「わかってると思うけど、そういう重いの苦手だから」真兎はストローから唇を離し、「でもまあ、これ奢ってもらったし。鉱田ちゃんのためにがんばろうかな」
「なんでもいいからとにかくがんばって」
 廊下の窓からは、向かい側に建つ新校舎(新といっても建ったのは二十年前だけど)がよく見えた。均等に並んだ窓と面白味のない白い外壁。それを上へと辿っていき、私は問題の場所を眺める。銀色の柵。貯水タンク。背景の薄水色の空。
 すべての原因はあの屋上にあった。

 五月に入ると県立頬白高校は慌ただしくなる。
 頬白祭という創立記念の文化祭が近づくためだ。各クラス・部活・有志の集まりなど五十以上に及ぶ団体が準備に向けて動きだし、模擬店や出し物の内容を決め、当日使用したい場所を実行委員会に申請する。
 この申請というのがやっかいだった。どの団体も集客に有利な場所を取りたがるため、毎年特定の場所に希望が集中してしまうのだ。たとえば、最も人通りが多い昇降口横。演劇や映画上映に適した視聴覚室。二教室分の広いスペースが取れる大会議室。
 そして、一番人気の屋上。
 普段は立入禁止の屋上も頬白祭中は規制が緩み、特例的に開放される。「柵が高く、安全性が確保される新校舎の一部のみイベントや模擬店用にも使用可能」。運営規則にはそう書かれていた。
 丘の上にある頬白高の中でも最も高い場所。景色は抜群で、風通しもよく、看板を出すまでもなく外から目立つ。何よりいつもは入れない場所なので、物珍しさに多くの生徒が集まってくる。屋上の使用権を手にすることは頬白祭での成功を手にすることと同義だった。その成功を夢見て、毎年十以上の団体が申請を行うのである。
 だが、もちろんすべての団体が屋上を使えるわけではない。頬白高の屋上はもともと人の出入りを想定していないため、柵で囲われた〝使用可能〟部分は新校舎の南端のみ。したがって、貸し出せるスペースはわずか一団体分。
 どうにかしてその一団体を選ばなければならない。
 最初は単なる抽選で決めていたそうだが、運任せにはしたくないと批判が殺到。二十年の歴史の中で一つずつルールが追加され、独自の決定方式が構築されるに至った。
 申請期間が終わると、まず頬白祭実行委員会によってトーナメント方式の対戦表が組まれる。屋上を希望した各団体は代表者とその介添人を一名ずつ選出。審判役である実行委員一名と介添人二名の立ち合いのもと、代表者たちは平和的・かつ明確な勝敗がつけられる勝負で対決し、トーナメントを勝ち上がった団体に当日の使用権が与えられる。
 五月に入ると県立頬白高校は慌ただしくなる。
 屋上に申請を出した団体が校内のあちこちで対峙し、熾烈な争奪戦を繰り広げる。
 馬鹿と煙は高いところが好き。立ち昇る煙のごとく、愚直に屋上を目指す馬鹿どもの戦い。
 誰が呼んだか〈愚煙試合〉。
 私たちも先輩たちも、そんな馬鹿の一員だった。

 放課後の空気はどこか気だるげで、サッカー部のかけ声もすいの練習音もあまり身が入っているようには思えなかった。ランニング中の柔道部が通り過ぎるのを待ってから、塗辺くんは校門を抜ける。
「学校から出るの?」
「校内でも事は足りますが、一直線の場所のほうがやりやすいので」
 意味深に返された。一直線のほうがいいって、何をやるつもりだろう。百メートル走? 男女差を考慮してスポーツ系の勝負はないと踏んでたけど。入学して二か月足らず、化学室の場所さえおぼつかない私たちは〈愚煙試合〉に関しても未知の部分が多い。
 本来なら屋上なんて希望せず、もっと無難な場所を申請していたはずなのだが……。
「一年四組は何を開きたいんだ?」
 江角先輩が聞いてくる。私はバッグから企画書を取り出して先輩に見せた。
「カレー店〈ガラムマサラ〉?」
「はい。カレー屋です。クラスメイトが駅前のインドカレー店でバイトしてまして、本場のスパイスを調達できると言うので多数決で決まりました。ガラムマサラは使わない予定ですけど」
「偽装表示じゃん……」でもそうか。カレーかあ、と江角先輩は顎を撫で、「確か校舎内だと売れないんだったか」
「そうです。屋上でしか開けないんです」
 他の団体の迷惑になるし、匂いが染みつく可能性もあるという理由で、校舎内で餃子やカレーといった匂いの強い食べ物を販売することは禁止されていた。屋台として前庭に出店しようにもテーブルを置くスペースの確保が難しく、カレーには不向き。残された候補地は屋上しかなく、私たちは〈愚煙試合〉に出ざるをえなかったのである。
「先輩たちは何を開くんですか」
「去年・一昨年と同じだよ。オープンカフェ〈キリマンジャロ〉。キリマンジャロ豆は使わん予定だけど」
「偽装表示じゃないですか……」でもそうですか。カフェですか、と私も顎を撫で、「喫茶店なら校舎内でも開けますよね?」
「余裕で開けるな。でも、〈愚煙試合〉は勝ったもん勝ちだ」
 それはつまり「カレー売りたきゃ椚に勝ちな」と暗に言われているのだった。企画書をしまいながら歯がゆさをこらえた。はいそうですかと簡単に勝てれば苦労はしない。
 私は横目で敵の姿をうかがう。
 三年一組、椚はや
 一年生のときから生徒会代表として〈愚煙試合〉に出場。二年連続で優勝を果たし、二年連続でオープンカフェを成功させたつわもの
 今年こそは連勝記録を止めようと多くの団体が奮起したが、彼はものともせずに決勝まで勝ち上がってきた。決勝の相手が生徒会だとわかると、一年四組の中でも不運を嘆く声が漏れ聞こえた。だめだ、椚さんじゃ勝ち目がない。うちの部の先輩、去年の〈愚煙試合〉でポーカーやってぼろ負けしたって。カレー屋の代案を作っといたほうがいいかもなあ。エトセトラ、エトセトラ。
 だが、私は希望を捨てていない。
 椚先輩から真兎へと視線を移す。いちごオレ片手にお散歩気分で歩く友人を見つめる。
 射守矢真兎は勝負事に強い。
 私がそれを知ったのは、中学三年生のとき。
 体育祭で学級対抗の全員リレーがあった。クラスメイト全員がグラウンドを半周ずつ走りバトンをつなぐという競技だが、私たちのクラスはビリ間違いなしと目されていた。中学の陸上部は全国大会に出るほど有名だったが、私たちのクラスには陸上部員が一人もいなかったのだ。
 負けるにしてもなるべくよい走順を組んで、恥をかかないようにしたい。開催五日前の放課後、走順を決める係になった私は全員分のタイム表とにらめっこしていた。体育の先生いわく、速い人→遅い人→速い人→遅い人……という順で交互に並べていくやり方が一番よいそうで、どのクラスもそれに倣うという。私たちもその組み方でいくつもりだった。
 ところが、アンカーの名前を書き終えシャーペンを置いたとき、真兎がそれを覗き込んだ。
 鉱田ちゃん何してんの。リレーの走順、決めてたの。なるべく恥かきたくないから。リレー? ああそっかもうすぐ体育祭か。当時から行事に無頓着だった真兎はそんなとぼけたことを言い、片手間にスマホをいじり、
「ねえ鉱田ちゃん、第一走者ってグラウンドのどっち側を走るっけ」
「……北側だけど」
 私が答えると。真兎は用紙を手に取り、作ったばかりの走順を書き変えた。
「こっちのほうが恥かかないと思う」
 新しい走順は私の交互方式とそう変わらず、ただ、遅い人→速い人→遅い人→速い人……というように、速い人と遅い人の順番が逆になっていた。なんで? と聞いてもしたたかな笑顔で濁される。まあ、どうせビリだし別にいいけど。私はなかば投げやりにその走順を提出した。当日までの間に何度か練習もしたが、やはり他のクラスに勝てるとは思えなかった。
 だが、体育祭当日。
 私たちのクラスは全員リレーで一位になった。
「砂だよ」
 閉会式のあと、「どうしてあれで勝てたの」と聞いた私に、真兎は当然のように答えた。
「当日の天気を調べたら、日中ずっと強い南風が吹くって予報が出てた。三年の全員リレーは体育祭の後半にあるでしょ。一日中風に吹かれたグラウンドは砂の量が均一じゃなくなる。風下の北側は砂が多くなって、風上の南側は少なくなる。砂まみれのコースは滑りやすくなるから、南側のほうが速く走れるに決まってる」
「…………」
 リレーはグラウンドの北側から始まり、クラス全員が半周ずつ走る。つまり、奇数番号の走者は全員が北側を――砂まみれの滑りやすいコースを走り、偶数番号の走者は全員が南側を――砂の少ない固いコースを走ることになる。
 だから真兎は、偶数番号の走者を速い生徒で固めた。陸上部員をはじめとする他クラスの速い生徒は、全員奇数番号が割り振られたため実力を出しきれなかった。
「でも、コースの差だけでそんなに遅くなる? 陸上部員なんてフォームも綺麗だし、脚力もあるし……」
 私が半信半疑なまま尋ねると、
「わかってないねえ鉱田ちゃん。陸上部員が一番走りづらくなるんだよ」
 エースランナーたちの心を見透かしたように、真兎は続けた。
「コースが滑りやすいってことは、転びやすいってこと。全国目指してる連中が、体育祭なんかで怪我するわけにいかないでしょ」
 射守矢真兎は勝負事に強い。
 だからこそ〈愚煙試合〉に引っ張り出したのだ。真兎は「重いの苦手」とぼやきつつも着実に勝利を重ね、決勝まで上がってきた。屋上まではあと一歩。勝ち目がないことはないはずだ。たとえ相手が二年間無敗の生徒会役員でも――
「まだか」その役員の声で我に返った。「どこで何をする気なんだ」
 いつの間にか学校からだいぶ離れている。高台を下り、住宅街を抜け、丸い滑り止めが刻まれた坂道を上っていた。
 塗辺くんはこちらを振り向かずに、ぼそぼそ声で話す。
「屋上の使用権を奪い合う――〈愚煙試合〉決勝戦は、そのコンセプトにふさわしい勝負で決めるべきだと僕は考えています。皆さん、頬白高の屋上へ上がるために絶対必要なことはなんだと思いますか」
 私たちは顔を見合わせた。
 屋上へ上がるために必要なこと。鍵の用意? 日焼け対策?いや――
「階段を上ること」
 江角先輩が答えた。
「そのとおり。頬白高にはエレベーターもエスカレーターもありませんから、屋上へ行くためには長い階段を上らなければなりません。代表者のお二人にはこれからそれを実行していただきます」
 塗辺くんは立ち止まった。
 坂道の突き当たりに、苔むした狛犬が一対鎮座していた。その間から五十段ほどの石造りの階段がまっすぐ延び、頂点にはくすんだ朱色の鳥居が立っている。階段の両脇はうつそうと茂る竹藪で、風が吹くたびさわさわと静かな音を立てていた。
 頬白神社だ。
「四十六段あります。境内の高さは建物五階分に相当し、見晴らしも頬白高の屋上とほぼ一致するでしょう。この階段を屋上への道のりに見立て、どちらが早く頂点に辿り着くかを競っていただきます」
「階段ダッシュ?」
「ご安心を射守矢さん、ダッシュの必要はありません。ゆっくりと確実に上るのです。ジャンケンをしながら」
 ジャンケン。階段。誰でも知っているシンプルなゲーム。
 小学校の記憶が甦る。帰り道。休み時間。公園や学校で友達と何度も遊んだ、あのゲーム。
「それって、もしかして……」
「グリコか」真兎が嬉しそうに言った。「なつかしいね」
「くだらないな」と、椚先輩。「子どもの遊びじゃないか」
「いいんじゃないか?」と、江角先輩。「もともとくだらない勝負だし」
 私たちの反応を予想していたように、塗辺くんは階段を見上げる。
「ただのグリコではありません。この階段、危険極まりない〝地雷原〟でもあります。踏んでしまえば重いペナルティが。勝つためには互いに読み合い、敵が仕掛けた地雷の位置を察知しなければなりません」
「地雷?」
 審判はうなずいて、私たちを振り返り、
「いかに罠を見極めつつ、いかに素早く階段を上るか――。ゲーム名」口元を陰気に綻ばせた。「《地雷グリコ》です」

(つづく)


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