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連載

青崎有吾「坊主衰弱」 vol.1

特別公開! ミステリ界の旗手・青崎有吾が贈る頭脳バトル小説第2弾!「坊主衰弱」#1

青崎有吾「坊主衰弱」

本作は「小説屋sari-sari」2017年11月号に掲載された短編「地雷グリコ」の続編です。よろしければ「地雷グリコ」も合わせてお楽しみください。



「『人生はゲームだ』なんてふざけたこと抜かすやつを信じちゃだめだよ」
 箱からローファーをひっぱり出すは珍しく不機嫌だった。五限目の数学、はしもと先生の雑談に出てきた一言がどうもお気に召さなかったらしい。
 ──受験に就活に子育てと、君たちにはこれからいろんなチャレンジが待っていますが、なんでも楽しまなきゃ損ですよ。人生はゲームみたいなものだから。
「真兎はそういう考え、好きそうだと思ったけど」
「え? 私が? やだやだよしてよこうちゃん、むしろ嫌いだよそういうのは」
「なんで」
「人生はなかったことにできないじゃん」
 昇降口を出る。七月の容赦ない日差しが私たちの肌を焦がす。
「ゲーム感覚で受験したって落ちたら一年無駄になるし、ゲーム感覚で子育てしたって成長した子どもは消せないし。だから人生はゲームじゃないの」
 深いんだか浅いんだか、真兎の口元には酔っ払いめいた笑みが浮かんでいて、語られる言葉と同じくつかみどころがない。短く折ったスカートと腰に結んだカーディガンが尻尾みたいに揺れている。制服の下からは赤系のブラが透けていて、男子とすれ違うたび視線を遮ってやりたくなる。ベージュ系にしなと毎日言ってるのだけど。
「じゃあ真兎にとって人生って何?」
「鉱田ちゃんって哲学科志望?」
「そうじゃないけど、真兎の人生観には興味ある」
「私にとっての人生は、鉱田ちゃんとサーティワンでアイスを食べることかな」
「マックにしない? シェイク飲みたい」
「そういう人生もアリだね」
 ボールを運ぶ野球部やストレッチ中の陸上部を横目に、グラウンドの端を歩く。練習を始めてもいないのに彼らの額には汗が光っていた。梅雨は明けたけど、夏休みまではまだ一週間ほどある。
 校門に差しかかったとき、知り合いの姿を見かけた。
 スクエア眼鏡をかけ、シャツのボタンをきちっと留めた男子──生徒会のくぬぎ先輩だ。先輩は門柱の前に立ち、周りには十人くらいの生徒が集まっている。全員女子だった。
「椚せんぱーい」真兎が声を投げた。「見せつけハーレムデートですか。やっぱ権力者はモテますね」
もりか」先輩はこちらを見もしない。「今日は忙しいから話しかけるな」
「インスタに上げるからこっち向いてピースしてください」
「おまえはそんなものやってない」
「なんで知ってるんですか怖~」
 堅物系三年男子にも動じないゆるだら系一年女子。五月、文化祭での屋上の使用権をかけたグリコ勝負で真兎は椚先輩を下した。それ以来こうしてフレンドリーな関係を築いている。のかどうかはよくわからないけど、とりあえず真兎は先輩あおりを日課にしている。
 それにしてもこれはなんの集まりなのだろう。真兎の推測ハーレムデートは百パー外れていると思う。女子たちの顔は沈みがちで、ちょっと重い空気が漂っている。私の顔見知りは同じクラスのやすさんと、二組のほりさんと──あれ? この人たちって、
「かるた部の人たち?」
 たぶん全員そうだ。よく見ると部長のなかつか先輩もいた。
 百人一首を用いた、いわゆる競技かるたの部活。漫画や映画の影響もあって最近メジャーになりつつあるので、私も競技名くらいは知っている。ほおじろ高のかるた部はまだ創設四年目で、あまり強くはないみたいだけど。
 かるた部と生徒会……いまいち、つながりが見えない。
「全員集まったな。行こう」
 椚先輩は腕時計を見やり、校門の外へ歩きだした。女子十名もそれに続く。私は思わず椚先輩に「どこ行くんですか」と尋ねた。
「喫茶店だ」
「……ハーレムデート?」
「謝罪だよ」
 鋼のような声に、小さなため息が交ざった。

 道すがら、中束先輩に話を聞いた。
 私は知らなかったのだけど、駅向こうに〈かるたカフェ〉なる喫茶店があるのだという。競技かるたファンのマスターが始めた個人経営のお店で、歴代王者の写真が飾られていたり、名歌にちなんだメニューがあったり、かるたの練習スペースがあったりと、いまりのコンセプト喫茶の一種だそうだ。
 近所にそんなお店があるなら行かない手はないということで、かるた部メンバーはそこを憩いの場にしていた。部活後はときどきお茶を飲みに寄り、先月の地区大会(準々決勝敗退)の残念会も〈かるたカフェ〉を貸し切って行われた。
「そのとき、ちょっとマスターとめちゃって……」
 きっかけは部員の一人がグラスを割ってしまったことだった。最初は軽く叱られただけだったのだが、そのついでに店の使い方や騒がしさにまで小言が及び、部員たち的には静かに使っているつもりだったので口論になった。かるた部の女子たちがマナー違反をするタイプだとは私にも思えなかった。どうもマスターが、もともと高校生にいい印象を持っていなかったようだ。
「私たちちゃんと謝ったんだけど、こう、ほら、よく怒ったあともブツブツ言い続ける人いるじゃん? マスターもそんな感じでさ、ガキは店に来ないでほしい~みたいなこと言ってきてさ。そしたらこっちもほら、かっとさ」
「なりますね」
「なったのよ」
 なってこじれてもつれまくった結果、
「全員出禁だって」
 中束先輩は肩を落とした。出入禁止。体育会系ではときどき聞くけど、かるた部では全国初ではないか。いやほかの高校のかるた部なんて知らないけど。
「まあ私たちは出禁でもいいんだけど、来年入る後輩とかが使えなかったらかわいそうだし。だから一応、解いてもらいに行こうかなって」
 中束先輩は遠慮がちに椚先輩を見る。不祥事の謝罪。なるほど、だから全員集合で、彼も同行しているのか。
「生徒会って大変なんですね」
「出禁のうわさが広まれば頰白高の評判が落ちる。これも仕事だ」
 ぶっきらぼうに返す先輩の手には和菓子屋の紙袋。社会人の風格だった。隣には彼からLINEを聞き出そうとして無視され続けているちゃらんぽらんがいるので、ますます差が際立って見えた。
「え、ていうかなんで私たちついてきてるの」
 そのちゃらんぽらんに尋ねると、真兎はひょいと振り向いて、
「カフェなんでしょ? お茶してこうよ。マックとサーティワンばっかじゃ飽きるし」
 ……さっき話していた人生はどこへ行ってしまったのか。
「なんでもいいが、こっちの話には首を突っ込むなよ」
「第三者が取り持ったほうが話が円滑に運ぶかもしれませんよ」
「おまえはぬるぬるしすぎで役に立たん」
「そんな人をローションみたいに」
 踏切を渡り、寂れた商店街の日陰を辿たどる。安木さんが私に顔を寄せてくる。
「ねえ、鉱田さんって射守矢さんの介添人だったんだよね」
 私はうなずいた。介添人なんていうと結婚式っぽいが〈えんあい〉の話だ。馬鹿と煙のことわざにちなみ屋上使用権の奪い合いはそう呼ばれていた。私は付き添いとして各試合に同行し、真兎の勝負を見届けた。
「射守矢さん本当に〈愚煙試合〉で勝ったの?」
「うん」
「どうやって?」
「…………」
 答えられなかった。
 真兎がどうして勝てたのか、実は私も不思議なのだ。微に入りさい穿うがつ計略でハメたのか、あるいはローションみたいに滑らせただけなのか。勝負強いことは確かだけど、その強さの理由と根源が、私にはよくわからない。
 わーい、とお気楽な声。真兎はとうとう根負けした椚先輩とLINEのID交換をしているところだった。ついでだから私とも、と申し出ると、先輩はエイリアンから逃げきったあとプレデターに出くわしたような顔をした。

〈かるたカフェ HATANOハタノ〉は雑居ビルの一階にあった。
 なんとなく和テイストをイメージしていたけど、意外とそうでもなかった。以前はダイニングバーか何かだったのかもしれない、名残がある店内に二~四人がけのテーブル席がいくつか。壁には写真パネルやサイン色紙。入ってすぐの棚にはレアっぽいものからデパートとかでよく見るものまで、いろんな種類の百人一首の箱が飾られている。隅に四畳くらいの畳が敷かれていて、そこが練習スペースのようだ。お客はひとりもいなかった。椚先輩のことだから空いている時間を狙ったのだろう。
 奥にはこくたんのカウンターがあり、その向こうに四十手前くらいの男の人がいて、店のお皿を拭いていた。
〈HATANO〉のマスター、はたさん(さっき中束先輩に名前を聞いた)。髪をきっちりセットし、口の周りにひげを生やし、しんちゆうっぽい眼鏡をかけている。エプロンを取ってiPadを持たせればウェブライターとかでも通りそうだ。かるた部から得た先入観のせいかもしれないけど、こだわりが強そうな人に見えた。
「いらっしゃい……あれ、何?」
 ぞろぞろ入ってきた高校生を見て、旗野さんは眉をひそめた。
「頰白高校生徒会の椚と申します。少しだけお時間よろしいですか」
「こんな大勢で来られてもね」
「あ、私ら普通にお客なんで無関係でーす」
 二人席に陣取る真兎。私もこっそり座る。客と言われれば邪険に扱うわけにもいかず、旗野さんがメニューとおひやを持ってくる。
 私はあんみつとほうじ茶のセットを頼み、真兎はレアチーズケーキと瓶コーラを頼んだ。百人一首要素、どこにもないな。
 旗野さんはカウンターの内側に戻り、注文品の用意を始める。椚先輩が本題に入る。
「先日はかるた部がご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
「ああ、いいよ別に。もう済んだ話だし」
「えっ」中束先輩の顔が輝いた。「じゃあ出禁は」
「いや、そうじゃなくて……もう決めちゃったことだから」
 急に冷房が強まった気がした。マスターの手元からはカチャカチャと調理の音が聞こえる。作り手の愛情が料理の味を左右するなら、運ばれてくるあんみつはきっとすごくいだろう。
「部員はこのとおり全員反省しています。どうにか収めていただけませんか」
「悪いけどそういうわけには」
「あ、これはつまらないものですが」
「いらないよ。持って帰って」
「お、お願いします。私たち、このお店好きなんです」
「だったら僕にあんな口のきき方はしないんじゃないかな」
「あれはその、もののはずみで……」
 あーだこーだ、なんやかんや。交渉しているのは主に椚先輩と中束先輩で、ほかの部員たちはしおれた花みたいに後ろに控えている。したに出る椚先輩というのは珍しくて正直ちょっと見ものだったけど、それ以上にいたたまれない。
 旗野さんはどうやら難敵だった。声はあくまで穏やかで、怒っている様子はぜんぜんなく、淡々と謝罪をはね返している。お役人めいたその対応には、けれどぎやくしんのようなものが透けていた。中束先輩が頭を下げたとき、真鍮眼鏡の奥の目が一瞬細められたのを私は見た。それは相手の慌てぶりを楽しむ人の目。他人を言い負かすことに優越感を覚える人の目。未成年をはなから馬鹿にしている大人の目だった。
 その姿がカウンターの中にかがみ、数秒消える。また現れたとき、彼は手に瓶コーラを持っていた。栓抜きで瓶を開けるとすべての用意が整ったらしく、私たちのテーブルにトレーが運ばれてきた。「ごゆっくり」と笑いかけられたが、ゆっくりしたくはなかった。
「真兎、さっさと出よう」
「えーなんで来たばっかじゃん外暑いし」
「空気悪いから。悪すぎるから」
「うんなかなかいける。ベリーソースが決め手だね」
 うれしそうにチーズケーキを食べる真兎。私もとりあえずあんみつを一口。おいしかった。料理に愛情は関係ないようだ。
 旗野さんはカウンターの内側へ戻る。椚先輩はさらに食い下がる。
「宣誓書も用意しました。これに部員の署名をするので……」
「しつこいな君らも」
「お、お願いします!」中束先輩は必死だ。「なんでもしますから」
「なんでもってなに? 土下座でもしてくれるの」
「ど……」
「冗談だよ」ひとりよがりな笑い声。「そんなのされても困るし。僕はただ、筋を通したいだけだから」
「そ、そこをなんとか……」
「悪いけど、帰って」
 旗野さんは片手をドアのほうへ向け、そして笑顔のまま言った。
「僕はね、一度決めたことは曲げない主義なんだ」
 何かが起爆剤になったように、
 真兎がさっと顔を上げた。
 フォークを口にくわえたまま、それまで他人事扱いしていたカウンターのほうを見る。イモリみたいにい回る視線が、旗野さんの頭から指先、背後の内装、かるた部のひとりひとりに至るまでを無遠慮に観察した。「真兎?」と私が尋ねる。真兎は返事の代わりにフォークの端を上下させる。
 ぎい、と音を立てて椅子が引かれると、全員がこちらに注目した。真兎はチーズケーキの皿を持ったままかげろうみたいに立ち上がり、かるた部員の中に割って入り、旗野さんとたいした。
「な、何、君」
「いやー、いまどきの高校生はしつこくって困っちゃいますね」真兎はカウンター席に座る。「旗野さんでしたっけ。この人たち、さくっと追い返しませんか」
 マスターの顔に警戒がにじんだ。無関係を自称していた頰白高生が突然乱入し、しかも自分に味方するようなことを言ってきたのだから当たり前だろう。あるいは透けた下着に戸惑ったのかも。
 真兎は素知らぬ顔でコースターを手に取る。百人一首の絵札がプリントされている。
「百人一首がお好きだそうですね」
「そりゃ……まあね」
「じゃ、私と競技かるたで戦うってのはどうです?」
 真兎はフォークで畳スペースを指した。
どくしゆはかるた部の部長さんにでも頼みましょう。旗野さんが勝ったらこの人たちは即退去。私が勝ったらそちらに少し譲歩してもらうってことで」
 唐突な提案に旗野さんは目をき、かるた部からもどよめきが生じた。私は慌てて席を離れ、真兎を止めに入った。
「真兎あんた、競技かるたとかできんの?」
「百人一首なら覚えてるよ。中二のとき授業でやったじゃん」
「ち、違うんだって。競技かるたってなんかそういうレベルじゃないっていうかもっと本格的っていうか……とにかく、素人が経験者に勝てるわけないんだって。ねえ?」
 最後の「ねえ?」は安木さんへの問いかけだった。彼女は首が取れそうな勢いで何度もうなずいた。
 私もネットやテレビでしか見たことないけど、競技かるたの激しさはなんとなく知っている。一字目が読まれた瞬間に飛びつくなんてのは当たり前で、複雑なテクニックや戦略もあって、自分が知っている百人一首とはぜんぜん違うのだ。いくら真兎でも野球少年がメジャーリーガーと戦うようなものだ、勝てるわけがない。
「そのくらい不利な勝負でちょうどいいじゃない、こっちはお願いする立場なんだからさ」真兎はカウンターにほおづえを突く。「どうです旗野さん。かるた、やりませんか」
 子どもみたいな誘い方だった。重い空気が肩透かされ、私もかるた部員たちもぼうぜんとする。椚先輩と旗野さんだけが、真意を計るようにまなしを強めた。
 やがて旗野さんは、私のほうを見た。
「この子、ほんとに素人?」
 今度は私がうなずきまくった。
「んー、素人をボコるってのもちょっとね……」旗野さんは頭の後ろをかき、「百人一首を使った別のゲームがあるんだけど、そっちはどう?」
 提案を返してきた。真兎は意外そうに口をすぼめたが、すぐに笑みを取り戻し、先を促す。
 旗野さんはまた私を見て、
「ねえ君。店の表のかけ札、〈CLOSED〉に裏返してもらえる? 集中してやりたいから」
 私はドアまで行き、真夏日の中にちょっとだけ顔を出し、表のかけ札を裏返した。
「ありがと。あ、ついでにそこの棚から〈こうどう〉の百人一首を取ってもらえるかな? 一番上の段の右端のやつ……そう、それ」
 ドアのそばにある棚から指定された箱を取る。〈狸光堂〉はメーカー名だろうか。他の箱よりちょっと厚めで、高級感がある。「ヘイ鉱田ちゃん」と真兎の手が伸びたので、渡した。真兎を経由し、箱は旗野さんの手に移った。
「うち、夜はお酒も出しててね。そのとき仲間内でときどきやるゲームなんだけど」
 先ほどの調理と同じように、カウンターの内側で旗野さんの手が動く。箱のふたを開けるような動作。
「百人一首を使ってできる遊びは、かるたのほかにもう一つある」
「坊主めくりですね」
 椚先輩が言い、旗野さんはうなずいた。ああ、と私も思い出した。
 坊主めくり。絵札の山を一枚ずつめくって、手札を増やしたり減らしたりする遊び。小さいころ祖父の家で一、二度やった記憶がある。大人がお酒を飲みながらやる姿は、想像しづらいけど──
「普通の坊主めくりは運頼みの単純なゲームだけど」私の懸念を察したように、旗野さんは眼鏡を上げ、「これからやるのは違う。特殊なルールを足した坊主めくり。記憶力と判断力が試される頭脳勝負。名付けて──」
 カウンターの上に、ふたを開けた箱が置かれた。
「《坊主衰弱》というゲームだ」

#2へつづく
◎「坊主衰弱」全文は「カドブンノベル」2020年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年11月号

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