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連載

青崎有吾「坊主衰弱」 vol.2

【連載小説】ミステリ界の旗手・青崎有吾が贈る頭脳バトル小説第2弾!「坊主衰弱」#2

青崎有吾「坊主衰弱」

※本記事は連載小説です。

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 真兎は無言のまま、チーズケーキを一口すくった。白い欠片かけらが唇の隙間に消えていき、舌先がベリーソースをめ取る。考えごとのついでのようなその素振りは、はただとどこかいんに見えた。
「ルールを聞きましょう」
「要は百人一首の絵札を使った神経衰弱さ。百人一首の絵札には、和歌と一緒にそれを詠んだ人の絵と名前も描かれてる……ってことは知ってるよね? 描かれた人の見た目には大きく分けて三種類ある。〈男〉と〈姫〉と〈坊主〉だ」
 旗野さんは箱の中から札をつかみ取る。言葉に合わせて一枚ずつ選び、カウンターに並べていく。
 男──〈きのつらゆき 人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける〉
 姫──〈ののまち 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに〉
 坊主──〈西さいぎようほう なげけとて 月やは物を思はする かこち顔なる わが涙かな〉
〈男〉はに黒髪、〈姫〉は長髪の女性、〈坊主〉は禿げ頭で、はっきりと違いがわかる。
 基礎知識を確認したあと、旗野さんはさらに五枚をカウンターに並べた。今度は全部裏だ。〈狸光堂〉の札は普通よりも分厚めで、色はれいもえ色をしていた。
「すべての札を裏にした状態で先攻・後攻を決め、交互に二枚ずつめくっていく。ペアをそろえれば自分の手札にでき、ボーナスでもう二枚めくれる」
 旗野さんの手が端の二枚をめくった。ちゆうごんかねすけさんじよういん。どちらも〈男〉だった。
「〈男〉のペアには特殊効果なし。ただ二枚とも手札にできるだけ」
 また二枚めくる。和泉いずみしきだいにのさん。どちらも〈姫〉。
「〈姫〉のペアは大当たり。二枚とも手札にできる上、その時点で捨て場にある札をすべて自分の手札に加えられる。ただし──」
 最後にもう一枚、札がめくられた。せい法師。〈坊主〉だ。
「〈坊主〉をめくってしまったときは一発アウト。自分がその時点で持っている手札をすべて捨て場に送らなければならない。手番も強制終了し相手側にターンが移る。たとえ一枚しかめくってなくてもね」
 旗野さんは素性法師の札も含め、それまで自分が手にした札をすべて端に追いやった。そこが〝捨て場〟になるのだろう。
「これをすべての札がなくなるまで繰り返して、最後に手札が多かったほうの勝ち。簡単でしょ。どう?」
 やるか、やらないか。旗野さんは穏やかに判断を迫った。真兎は彼でも札でもなく、カウンターに置かれた〈狸光堂〉の箱を見つめていた。
「射守矢」
 椚先輩が何か言いかけたが、真兎は手を突き出してそれを制した。〈狸光堂〉の箱を手に取り、頭上にかざすようにして眺める。
「この百人一首、かっこいいですね」
「……別に珍しい品じゃないよ、駅前のデパートにも売ってるし。ただ札の厚さや手触りが気に入っててね、《坊主衰弱》をやるときはよくこれを使うんだ」
「細かいルールを確認させてください」真兎は箱をカウンターに戻した。「〈坊主〉をめくっちゃったときは、そのめくった〈坊主〉も捨て場行きですね?」
「そのとおり」
せみまるはどっちに含めます?」
「〈坊主〉に。そうすれば〈男〉が偶数枚になって札が余らないからね」
 よくわからなかったのでこっそり安木さんにレクチャーしてもらう。
 百人一首の絵札は〈男〉が六十六枚、〈姫〉が二十一枚、〈坊主〉が十二枚。もう一枚、蟬丸という歌人の札があり、この人は禿げ頭に烏帽子をかぶっていて〈男〉にも〈坊主〉にも見えるのだという。そのため地域によって〈男〉に含めたり〈坊主〉に含めたりといろいろなのだが、今回は〈坊主〉側ということだろう。
 ……ていうか〈男〉って六十六枚もあるんだ。なら普通の神経衰弱と違って、
「かなりペアを作りやすくなると思いますが」真兎が私の思考をなぞるように言った。「ひとつペアを作って、続けてもう二枚引いて、またペアができたら? さらに二枚引けるんですか」
「いいや、ボーナスは一度まで。一ターンでめくれる札は最大四枚だ。……やってみるとわかるけど、ボーナスなんてないほうがいいってきっと思うよ」
「二枚ずつペアで引いていくと、〈姫〉は二十一枚なので一枚余りますね」
「その一枚は、最後に引いた側がもらっていいってことにしてる。でも今回は気にしなくていいよ。百枚全部だと時間かかっちゃうから、半分の五十枚くらいで……」
「百枚でやりましょう」
 真兎が声をかぶせた。きょとんとした旗野さんをよそに彼女はチーズケーキの塊を頰張る。皿は空になった。
「ついでにもうひとつルールを足していいですか」
 皿を脇にどけ、空いた空間を埋めるように、真兎の笑顔が旗野さんに近づく。
「負けたら譲歩ってのもあいまいですからね。ゲーム終了時、私の手札十枚につき一人ずつ出禁を解いてもらうってのはどうです?」
 ……え?
 私たちはその言葉の意味を少し考え、次の瞬間血相を変えた。それまで静かにしていた中束先輩が、慌てて真兎の肩を揺すった。
「い、い、射守矢さん? かるた部って十人なんだけど」
「知ってます」
「百人一首って百枚なんだけど」
「でしょうね」
「でしょうねって……射守矢さん、そしたら百対ゼロで勝たなきゃいけないんだよ?」
「百対ゼロで勝ちます」
 未来を一度見てきたような、自信に満ちた答えだった。
 あきらめた中束先輩と入れ替わりで、今度は椚先輩が顔を寄せる。ポーカーフェイスにわずかな不安がにじんでいる。
「射守矢。わかってると思うが」
「わかってます」
「……勝てるのか」
「大好物です」
 応じる間も、真兎の顔はずっとマスターへ向けられていた。誘い込むような笑みをしばらく見つめたあと、旗野さんはため息をついた。
「OK、そのルールでいいよ。ただし、決着後にごねたり泣きついたりしないこと」
「もちろんです。じゃ、準備をお願いします」
 旗野さんは絵札をいくつかの山にまとめ、慣れた手つきでシャッフルし始めた。
 切り終えた先から、札がカウンター上に伏せられていく。神経衰弱でよくある上下左右バラバラな並べ方ではなく、百人一首風の規則的な並べ方だった。すでに勝負が始まっているかのように、真兎はその様子をじっと眺めていた。何考えてるんだろう? 黒檀のカウンターには光沢もないので、凝視したところで伏せられる札のおもてめんが映ったりとか、そんなことはありえないのに。
 私は待ち時間を謝罪に使うことにした。椚先輩に近づき、小声で話しかける。
「な、なんかすみません。なぜかこんなことに」
「射守矢はかるた部に親友でもいるのか」
「いや、特にそんなことは……」
「お人好しな奴だな」
 壁に寄りかかる椚先輩。その目は真兎と同じく、並べられる札に集中している。
「このゲーム、椚先輩はどう思います?」
「〈姫〉をどう温存するか、だろうな」
 ルールを聞いたばかりなのに、もうゲームの肝がわかっているらしかった。
「〈男〉ペアを地道にそろえることはたいして重要じゃない。公開された〈姫〉の位置をよく覚えておき、捨て場に札がまったタイミングを狙い〈姫〉ペアをそろえる。そして一挙に大量の手札を得る。これが必須だ」
「あ、なるほど……」
 捨て場の札をすべてゲットできる〈姫〉。強い効果があるからこそ、捨て場に二、三枚しかないタイミングで〈姫〉をそろえても宝の持ち腐れになる。だから捨て場に札が溜まるまでは、位置がわかっていても〈姫〉にあえて手を出さない、という戦略が生じる。相手もそうしてきた場合どちらが先にしびれを切らすか、一種のチキンレースみたいになるかもしれない。
「だが、とにかく〈坊主〉がやっかいだ。めくった瞬間アウトということは位置を把握するための手がかりがないということ。未公開札には常に〈坊主〉のリスクがつきまとう。現状何枚がけ何枚が残っているのか、〈坊主〉のカウンティングも重要になってくる。蟬丸含めて十三枚ならそれほど難しいことじゃない」
 坊主のカウンティング……初めて聞く単語の組み合わせだ。
「まあ、まともな勝負ならの話だがな」
「……?」
 よし、という旗野さんの声でカウンターに意識が戻った。二十枚ずつ五列、百枚すべてが綺麗に並べられ、準備が整ったようだった。
「じゃあ始めようか。先攻後攻、選んでいいよ」
 後攻、と私は念じた。先攻がミスった札の位置がわかる分、神経衰弱は後攻有利だ。真兎も当然そちらを──
「先攻で」
 ずっこけそうになった。
 かるた部のみなさんも不安げに視線を交わす。噴き出すのをこらえるように旗野さんの顔がゆがみ、では君からどうぞと手で促す。真兎の指先がのろのろと伸び、私は唾を飲み下した。黒蜜の味がした。
 エアコンのうなる喫茶店内。エプロン姿で立つマスターと、椅子に座っただらしない少女。両者を隔てるカウンター上には、スイーツでもコーヒーでもなく、萌葱色の札が百枚。
 場所からルールから賭けの報酬まで、すべてが奇妙な坊主めくりが始まった。

 真兎が最初にめくった札は〈男〉だった。ふじわらのよしたか
 さらに指をさまよわせ、対角線上の区画にある一枚をめくる。べのなか麿まろ。また〈男〉だ。
「よっし! よしよし!」
 真兎はガッツポーズを取り、めくった二枚を自分の手札にした。半分以上は〈男〉札だから、確率的には普通なんだけど……。
「ペアを作ったらもう二枚引けるよ」
「おっとそうでしたね」
 揚々とボーナスタイムに入る真兎。が、その意気はすぐに落ちた。扇子で顔を隠すみたいに二枚の手札を額に当て、じっと考え込んでしまう。そこでようやく、さっき旗野さんが言っていたことの意味がわかった。
 ──やってみるとわかるけど、ボーナスなんてないほうがいいってきっと思うよ。
 そのとおりかもしれない。
 なぜならいつ〈坊主〉に当たってしまうかわからないから。いまの真兎は地雷原で宝探しをしているようなものだ。より多くの札をめくれるということは、手札を増やすチャンス以上に、手札全喪失のリスクをはらんでいる。
 真兎は慎重に手を伸ばし、地雷原から札をめくった。。続けてさんじようのだいじん。〈姫〉と〈男〉だった。ある意味、ほっとする。旗野さんが手を伸ばし、ミスした二枚がまた伏せられ、ターンが移った。
「じゃ、次は僕だね」
 旗野さんはまず、たったいま真兎が取り損ねた三条右大臣をめくった。上下の向きを変える形でくるっと縦に裏返す真兎と違い、旗野さんの裏返し方は本のページをめくるような横方向のものだった。続いて三枚隣の札をめくる。だいごんつねのぶ──〈男〉。首尾よくペアができた。
 ところがボーナスの一枚目で、
「おっと」
 前大僧……ええと、さきのだいそうじようえん? をめくってしまった。旗野さんがめくる札はこちらから見るとすべて上下逆なので、長い名前は読みづらい。でもとにかく、赤い袈裟につるっとした頭の人物。〈坊主〉だ。
「あーあ、やっちゃった。幸先が悪いなあ」
 苦笑しつつ、二枚の手札に〈坊主〉を足した三枚が捨て場に追いやられた。でも、これもある意味幸運といえるかも。何十枚も手札があるタイミングで〈坊主〉に当たるよりは、いまみたいなほうがずっと──
 私の思考が止まった。
 友人の奇行に気づいたからだ。真兎はカウンターの下、旗野さんから見えない位置で、こっそりスマホをいじっていた。自分のターンを迎え「うーん」と悩む間も、片手で高速タップを続ける。勝負中に何やってんの?
 数秒後、私のスマホからLINEの着信音が鳴った。少し遅れて、椚先輩のポケットからもバイブレーションが聞こえた。
 数歩あとずさり、こっそり通知を開く。〈いもりや まと〉からだった。

〈鉱田ちゃんへ
 おねがい①
 ・椚先輩が帰ってきたら鉱田ちゃんは私の二つ左のカウンター席に座ってください。
 ・そして私が鼻の頭をかいたら瓶コーラを注文してください。
 おねがい②
 ・以下の指示をかるた部全員に回してください。
『勝負中に射守矢真兎がどんな行動を取っても、絶対に驚いたり動揺したり声に出したりしないこと』
 これ鉱田ちゃんも厳守で。よろしく〉

「…………?」
 送信者のほうを見る。真兎はカウンターの上で「どーれーにーしーよーうーかーな」をやっていて、私に連絡した素振りなんてまるで見せていなかった。
 秘密裏に進めてほしいということだろうか。でも最初の一行から意味がわからない。椚先輩が帰ってきたらって、何?
「すみません」唐突に、椚先輩が言った。「学校に忘れ物をしてきました。すぐに戻ります」
 和菓子屋の紙袋を持ったまま、早足で店を出ていく。
 少し迷ってから、私も先輩を追った。ドアベルの音がけたたましく鳴ったが、旗野さんもかるた部の面々もゲームに集中していて、私たちには何も言ってこなかった。
 先輩はすでに走り出していた。は、速い。
「く、椚先輩? どこ行くんですか」
「電話しろ!」
 先輩はそれだけ言い残し、角を曲がって消えた。
 立ち止まってる時間がないから聞きたいことがあったら電話しろ、という意味だろうと察し、さっき交換したばかりのLINEで通話を試みる。三コールで先輩が出た。
『なんだ』
「いやその、どこ行くのかなって」
『射守矢からの指示だ。調達するものがある』
 電話越しの息は早くも切れ始めていた。やはり先輩にも真兎から個別の「おねがい」が来ていたようだ。
「さっきLINE交換しといてよかったですね」
『もう切るぞ』
「あっ待って待って、私にもなんか変な指示来たんですけど」
『なんだろうが聞いてやれ。いまのままじゃ射守矢は百パーセント勝てないからな』
「え?」
『あのゲームはイカサマだ』

#3へつづく
◎「坊主衰弱」全文は「カドブンノベル」2020年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年11月号

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