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連載

青崎有吾「地雷グリコ」 vol.2

【連載小説】ミステリ界の旗手・青崎有吾が放つ頭脳バトル小説、第1弾!「地雷グリコ」#4

青崎有吾「地雷グリコ」

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    4

 頬白神社の石段に、「グーリーコ」のかけ声が幾度となく響いた。
 ゲームは塗辺くんの仕切りによってテンポよく進み、私と江角先輩も戦況に合わせて階段を上りつつそれを見守った。
 椚先輩は一度も地雷を踏み抜かず、着実に勝利を重ねて〝屋上〟へと近づいていく。対する真兎は十五段目の手前でやはりまごつき、〈被弾〉はなんとか回避したものの、その後も追いつこうとすればするほど先輩に手を読まれてしまい、空回り。差を詰められないままのもどかしい展開が続いた。
 陽が傾き、長く伸びた竹藪の影が階段を覆い始めたころ。
「では、第十九ターンです。両者ご用意を」
 椚先輩の現在位置は、三十九段目。ゴールまでは残り七段。
 対する真兎の位置は、二十七段目。椚先輩との差は十二段。
 逆転は絶望的になりつつあった。
「ま、真兎」
 私たちと塗辺くんは二人の中間に立っていた。数段下の真兎に向かって、おそるおそる話しかける。
 真兎はうつむいたまま、かろうじて折れずにいるという感じだった。額には汗が浮かび、カーディガンは肩からずり落ち、審判の声にすら反応を返せない。負け続け憔悴しきったその姿は、ぺちゃんこに潰れたいちごオレのパックを思わせた。
「〈愚煙試合〉に出るたび思う」と、冷徹な声。「なぜ誰も彼も、たかが文化祭の場所取りにこだわるのか」
 私は上方に首を巡らし、汗一つかいていない椚先輩を睨む。
「せ、先輩だってこだわりまくりじゃないですか」
「屋上は生徒会が管理すべきだからだ。頬白高全体にとってそれが最良の選択だ」
「最良の選択は一年四組がカレー屋を出すことです。本場スパイス入りですよ! 先輩だって食べたら驚くんですから!」
「射守矢はどう思う?」椚先輩は私にかまわず、真兎に尋ねる。「カレー屋に固執する意味があるか?」
「……私は甘党なので。辛いのは嫌いです」
 真兎は微妙にずれたことを言ってから、
「でも鉱田ちゃんのことは嫌いじゃないので、鉱田ちゃんのためなら勝ちます」
 ゆっくりと顔を上げた。
 ぼろぼろの状況でも、その瞳にはまだ闘志が燃えていた。本場スパイス入りのインドカレーみたいに。
「先輩、おかしいと思いませんでしたか? 三十九段目まで階段を上ってきたのに、先輩は一度も私の地雷に当たっていない。射守矢の地雷はどこにあるんだろうといぶかしんでませんでしたか?」
「…………」
「そうです。四十二段目と四十五段目に仕掛けてあります」
 塗辺くん以外の全員が、ゴール間際に待ちかまえるその段を見上げた。
 椚先輩の現在位置の三段先と、六段先。次のターン、彼がグー・チョキ・パーのどれで勝っても必ず踏むことになる二つの段。
「先輩も同じ手を使ったからわかりますよね? 三の倍数の段に二連続で地雷を仕掛ければ必ず〈被弾〉させられる。私もゴール直前に二発並べておきました。賭けてもいいですが、私は次のターンで一発逆転します」
 大胆不敵な宣言だった。
 だが、椚先輩は表情を変えない。ブリッジを押してスクエア眼鏡をかけ直し、言葉の真偽を判断するように冷たい視線で真兎を射抜く。そして、
「最初から、そうじゃないかと思っていた」
 意外な一言を放った。
「最初から?」と、江角先輩。「どういうことだよ」
「地雷設置用の紙を配られているとき、射守矢は塗辺に『この階段は全部で何段か?』と尋ねていた。あの一言が引っかかった。地雷設置のタイミングで段数を気にする理由はなんだ? 俺のように階段の前半に仕掛けるつもりならトータル段数は関係ない。とすると、射守矢が狙っているのは階段の後半――ゴール間際ではないか? ゴール地点の一歩手前に地雷を設置するため、ゴール地点が何段目なのかを確認する必要があったのではないか……」
 格の違いを思い知らされる。
 椚先輩は、ゲーム開始前から真兎の地雷の場所に目星をつけていたのだ。ゴール間際に集中していると予想していたからこそ、ここまで躊躇なく階段を上ってくることができた。
「本当に仕掛けてあるとしたら、確かに俺は〈被弾〉から逃れられないな」
 椚先輩は首を左右に振り、「だが射守矢」と続ける。
「『一発逆転』は言いすぎじゃないか? どちらで〈被弾〉するにしても、俺が下がるのは三十二段目か三十五段目。二十七段目のおまえよりだいぶ有利な位置だ」
 真兎の瞳が揺れた。
 黙り込んだまま、ずり落ちたカーディガンを肩まで直す。十二段差の大きさを噛みしめ、何かをめまぐるしく思考しているように思えた。
「第十九ターンに移ってもよろしいですか」
 塗辺くんが再度うながした。真兎は右手を上げ、椚先輩もそれに応じた。
 正念場だ、と感じた。私は不安を押し隠すように真兎を見つめる。彼女と目を合わせ、大丈夫、勝てるからとうなずき合いたかった。けれど真兎は私を見ない。椚先輩から目を離さない。椚先輩も真兎を睨み続ける。敵の真意を推し量ろうと、両者の視線が火花を散らす。
 張り詰めた一瞬ののち、
「「グー、リー、コ!」」
 互いの拳が振り下ろされた。

 真兎の出した手は――チョキ。
 椚先輩の出した手は――グー。

 歯の隙間から苦痛を訴えるような、奇妙な音が聞こえた。
 真兎だった。
 両目は瞳孔が覗けそうなほど大きく見開かれ、伸ばした手はチョキのまま固まっている。予想外の出来事に直面した人間の、驚愕と困惑をうかがわせる顔。触発されて私の心臓もはね上がった。
 何が起きた?
 真兎は何か失敗したのだろうか。でも、椚先輩はグーで勝ったから四十二段目に進むし。首尾よく地雷に――
「四十二段目に地雷はない。そうだろ、射守矢?」
 椚先輩の声が私の思考を遮った。
 地雷が、ない? そんな馬鹿な。
「なんでですか? だってさっき、先輩も」
「そう、危うく騙されるところだった。だが論理的に考えれば答えが見えてくる」
「……?」
「射守矢は『四十二段目と四十五段目に地雷がある』と自ら宣言した。あの宣言によって俺は二者択一を迫られた。三段先で地雷を踏むか、六段先で地雷を踏むか。どちらか一方なら選ぶのは絶対に後者だ。少しでもゴールに近い場所で〈被弾〉したほうがペナルティの被害は少なくて済む」
 ……確かに、私でもそうするだろう。四十二段目で〈被弾〉した場合、下がるのは三十二段目。四十五段目で〈被弾〉した場合は三十五段目。三段だけだが後者のほうが被害は少ない。
「射守矢の宣言によって俺は四十五段目を目指すしかない状況に陥った。だが、これはおかしい。俺が四十五段目を踏むことは射守矢にとって不利に働くからだ。射守矢の立場で考えれば、敵には四十二段目を踏んでほしいはず。黙ったまま次のターンにもつれこめば俺がそうする可能性も充分にあった。なのにわざわざ宣言をし、自らその希望をつぶしてしまった。単なる失言か? いや違う。仮にも〈愚煙試合〉を勝ち上がってきた女だ、そんなポカはしない。ならば宣言の意図は、俺に四十五段目を踏ませたがったということになる。普通は避けるはずの四十五段目をなぜ踏ませたがったのか? 答えは一つ、四十二段目を踏まれたくなかったから。つまり、四十二段目に地雷はない」
 椚先輩は階段の先を見やり、
「したがって俺の踏むべき段は四十二段目。出すべき手は〈グリコ〉のグー。これは決まった。だが、問題は射守矢が出してくる手だ。四十五段目を踏ませたい射守矢は、俺にチョキかパーで勝たせるためにパーかグーを出してくるはず。俺がグーで勝つためには、その手をチョキに変えさせる必要があった。そこで差の大きさをにおわせた」
 地雷の宣言を受けたあと、椚先輩は「『一発逆転』は言いすぎじゃないか?」と真兎に指摘した。
 それを受けた真兎は何を思考したのか。
 次のターン、〈パイナツプル〉か〈チヨコレイト〉で一度勝てば、今いる二十七段目から三十三段目に上がれる。その後、椚先輩が三十五段目まで下がってくれば自分との差はわずか二段。逆転がますます容易になる――そう考えてしまったのではないか。
「誘いに乗った射守矢は俺を〈被弾〉させるのを先送りし、ジャンケンに勝つことを優先した。射守矢は俺がチョキかパーを出すと思い込んでいるから、どちらにも負けず、かつ勝てば六段上がれるチョキを出してきたわけだ」
 地雷の場所も。ジャンケンの手も。
 すべてが椚先輩に見抜かれていた。真兎は手中で踊らされていた。
 椚先輩は階段を上り始める。もはや真兎には見向きもしない。グ・リ・コ、で三段。これで再び十五段差。ゴールまではわずか四段。
 この先のゲームにはどんな展開が待ち受けているか? 椚先輩は四十五段目を避けるためにチョキかパーしか出さないだろう。真兎はチョキさえ出せば安全だが、それを続けると〈あいこルール〉で負けてしまうので、他の手も交えつつ勝負に出る必要がある。チョキにグーを合わせるか、パーに変えてきたタイミングでチョキを合わせるか――真兎が椚先輩を追い越して勝利するためには、最低でもその読み合いに四連勝、最悪の場合七連勝しなければならない。今までの勝率から考えると、そんなことはほぼ不可能だ。
 江角先輩の言葉を痛感する。椚先輩は誰にも負けない。誰も勝てない。彼はゲームの達人だから――

 ボオン!

 その達人の胸元から。
 百均グッズの爆発音が鳴った。
「椚先輩、〈被弾〉です。十段下がっていただきます」
 塗辺くんの単調な声。椚先輩は一拍遅れて振り返り、カメラの焦点を絞るように敵を睨みつけた。
 真兎の顔には笑みが戻っていた。
 中三の体育祭の帰り道、私に見せたのと同じ表情。相手の心を見透かすような、したたかにして不敵な微笑み。
「何やら得意げに推理してましたが……言ったじゃないですか先輩、私は文系だって。数字が苦手だから語呂合わせで地雷を仕掛けておいたんです。段にね」
「御託はいい」椚先輩はまだ冷静だった。「何をやった」
「〝武蔵の法則〟ですよ」
 ウサギが跳ね回るみたいに、真兎は声を弾ませる。
「待ち合わせに遅刻したとき、先輩の反応を観察させてもらいました。先輩は私たちが遅れてきたとき『六分遅刻だ』と言いましたね? 五分ではなく六分と正確に表現した。塗辺くんに対しては『早く始めろ』と進行を急かし、私が挑発したときはポーカーフェイスを崩さなかったのに、外に出ると聞くや否やあからさまに眉をひそめた。それでほぼ性格がつかめました」
 私は空き教室での様子を思い出す。先輩にも楽勝です、と豪語していた真兎。椚先輩の背中を見つめながら、愉快そうにいちごオレをすすっていた真兎。
「先輩はせっかちで、無駄な行動を嫌い、常に正確さを追い求める徹底した合理主義者です。論理的にそうだとしか結論付けられない命題をぶつければ、必ずはめられると考えました」
「……地雷の宣言はわざとか。俺が四十二段目を選ぶことを読んでいたと?」
「そうですよ。全部わざと。先輩だって言ってたでしょ、このゲームの本質は地雷の位置をどう隠すかじゃなく、相手の出す手をどう操るか。差を縮めずにここまで来たのもわざとです。私がチョキを出しても先輩に疑われない状況が必要でしたからね」
《地雷グリコ》は読み合いのゲーム。行動や発言から互いに情報を集め、地雷の場所を察知した者、ジャンケンの手を操作した者が勝つ。
 椚先輩は真兎の発言を読み、論理によって結論を下した。
 真兎はそんな椚先輩の性格を読み、偽の情報を与えて結論を下させた。
「なるほど。一杯食わされたな」
 椚先輩は浅くため息をついた。足を踏み出し、初めて階段を下り始める。四十二段目から四十一段目へ。四十一段目から四十段目へ。
「油断はなかったつもりだが、さすがだ射守矢。一年生でここまで勝ち上がっただけある」
「そりゃどうも」
「だが、すべてが計略だったとすると……成果は中途半端じゃないか?」
 三十八段目。三十七段目。手入れのよいローファーが靴音を鳴らす。
「俺の忠告どおり、おまえはもっと差を縮めておくべきだったんだ。俺が下がるのは三十二段目。今のおまえの位置より五段上だ。俺の有利は変わらない」
 三十五段目。三十四段目。私たちの横を通り過ぎる。
 先輩の言葉の裏には、この程度では絶対負けないという強い自信が透けて見えた。真兎は困ったように肩をすくめ、「ん~」とうなる。
「五段差ならそうですけどね。言ったじゃないですか、次のターンで一発逆転するって」
 三十三段目。――三十二段目。
「先輩、もう詰んでますよ」

 ボオン!

 爆発音が鳴った。
 時間が凍ったような静寂の中、塗辺くんが淡々と言った。
「椚先輩、〈被弾〉です。もう十段下がっていただきます」

(つづく)


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