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連載

青崎有吾「地雷グリコ」 vol.5

【連載小説】ミステリ界の旗手・青崎有吾が放つ頭脳バトル小説、第1弾!「地雷グリコ」#5

青崎有吾「地雷グリコ」

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    5

「……何を言っている」
 ひびが入るのがわかった。
 挑発を受けても、からかわれても、計略にはめられても。それまで傷一つつかなかった椚先輩の牙城に、小さな亀裂が走っていた。
「もう十段? 馬鹿な。何を言ってるんだ。ペナルティならたった今消化して……」
「塗辺くーん」と、真兎の軽やかな声。「何かおかしなことある?」
「いえ。何もおかしくはありません」
「先輩はちょっとわかってないみたいだよ。ルールを確認してもいい?」
「どうぞ」
「確かこうだったよね。『地雷が仕掛けられた段で立ち止まった場合、その地雷を〝踏んだ〟と見なす』。『相手の仕掛けた地雷を踏んだら〈被弾〉となる』。『〈被弾〉したプレーヤーはペナルティとして、即座にその段から十段下がる』」
「ええ。僕はそう言いました」
 地雷が仕掛けられた段で立ち止まった場合――
 即座にその段から十段――
「……あっ!」
 まるで、ハンマーを叩きつけられたみたいに。
 亀裂が一気に広がり、鉄壁を誇っていた牙城が粉々に砕けた。
 全身から汗が噴き出るときのプツプツという音が聞こえる気がした。椚先輩は強張った顔で真兎を見下ろす。真兎は落ち着き払ったまま、女子高生離れした皮肉交じりの笑みを投げ返す。
「そうです先輩。このゲームは〝連鎖爆破〟が狙えるんですよ。一発目の地雷の十段下にもう一発仕掛けておけば、自動的に相手をはめられるんです」
 真兎は四十二段目と三十二段目に地雷を仕掛けていた。四十二段目の地雷を踏んだ椚先輩はペナルティで十段下がり、三十二段目で立ち止まった。そして二発目の地雷を踏んだ……。
「馬鹿な」椚先輩の声が上ずる。「ありえない。そんな単純な手、なぜ今まで……」
「なぜ気づかなかったのか? しかたありませんよ。私が魔法の言葉を仕込んでおいたので」
「……魔法の?」
「さっき先輩自身が指摘したじゃないですか。地雷設置のときの一言ですよ」
 メモ用紙を受け取りながら、真兎が塗辺くんに尋ねた一言。
 ――ねえねえ。この階段ってさ、全部で何段?
「あの一言によって、先輩は私が階段の後半に地雷を置くつもりだと思い込みました。そしてこう考えたはずです。ならば自分は階段の前半に地雷を置こうと。なぜなら、後半に仕掛けたら私と数字がかぶる可能性があるから。数字がかぶったらその段は設置し直し。設置し直しになったら私が段を変えるかもしれず、自分だけが手にした敵の地雷の位置という情報が無駄になってしまう。先輩はそんな不合理なことはしません。というより、性格上絶対にできません」
 真兎は一歩ずつ、言葉の奥底に踏み入ってゆく。
「そもそも前半の地雷にはメリットがあります。序盤で地雷にはめて差をつければ〈あいこルール〉で勝ちやすくなり優位に立てますから。実際、誘導するまでもなく前半に仕掛けるつもりだったでしょ? まあ何はともあれ、先輩はそうやって階段の前半に意識を集中したわけです。視野が十~二十段目に狭まれば、当然〝連鎖爆破〟のアイデアは思いつきにくくなります。万が一思いついてそれを仕掛けられたとしても、十~二十段目からの〝連鎖〟なら私の受ける被害は最小限で済む。スタート地点より下には下がれませんからね」
 先輩が話を理解したかどうかは定かでなかった。両手を真横に垂らしたまま、魂を抜かれたように微動だにしない。私と江角先輩も衝撃に打ち震えていた。
 ゲーム開始直前を思い出す。私が「勝てそう?」と聞くと、真兎は「先輩がうまく地雷を踏んでくれればいいけど」と答えた。まだ始まってもいないのになぜ余裕綽々なのだろうと私はあきれた気持ちになった。
 違ったのだ。
 あのときすでに真兎は攻撃を終えていた。椚先輩は地雷を踏んでしまっていた。真兎の仕掛ける戦略に気づけないよう、その戦略を横取りされないよう、無自覚のうちに思考を誘導されていた。
 ――この階段ってさ、全部で何段?
 あの一言こそが地雷だったのだ。
「椚先輩」
 三十二段目で立ち尽くしていた先輩に、塗辺くんが声をかけた。
 先輩は皆まで言わせず、おぼつかぬ足取りで階段を下り始める。三十段目を過ぎ、真兎のいる二十七段目に近づいてゆく。
「まだだ」
 プライドを持った男の、勝負をあきらめない声が漏れ聞こえた。
「二十七段と二十二段。まだ五段差だ。一ターンでも逆転できる。俺なら簡単に……」
 言葉が途切れた。
 椚先輩がそれに気づいたのは、真兎と同じ二十七段目に並んだ瞬間だった。
「い……射守矢」
 真兎はもう軽口を飛ばさず、エスコートするようにうなずきかけた。悪魔に魅入られた先輩はふらふらと階段を下りていく。敵の名前だけをうわ言のように呼び続ける。
「射守矢……」
 仕掛けた地雷は、全部で三発。
 真兎の地雷はいくつ明かされた? 四十二段目に一発あった。三十二段目にも。もう一発は、四十五段目?
「射守矢……」
 違う。真兎の最後の地雷はまだ階段のどこかに隠れている。
 連鎖爆破は終わっていない。
「いもりやああ!」
 怨念を吐き出すように叫びながら、椚先輩が二十二段目を踏んだ。

 ボオン!

「椚先輩、〈被弾〉です。もう十段下がっていただきます」
 真兎の予言どおり、一発逆転が起こっていた。
 圧倒的優位に立ち、ゴール直前だった椚先輩。その彼が一気に三十段のペナルティを食らった。最終的に下がることになった位置は十二段目。対する真兎の位置は二十七段目。
 両者の差は、
「じゅ、十五段差……」
「二人とも地雷は出尽くしてる。この先大きな逆転はない」江角先輩が呆然と言った。「射守矢の勝ちだ」
 差を縮めずにここまで来たのもわざとです。真兎はさっきそう言っていた。チョキを出しても疑われない状況を作りたかったのだと、そう明かしていた。
 本当に、それだけの理由だろうか。
 十二段目と二十七段目。ひょっとして彼女は、自分が序盤でつけられた十五段差を先輩にやり返すため、立ち位置まで計算していたのではないか――
「先輩、当日はカレー店〈ガラムマサラ〉にお越しくださいね」
 真兎は椚先輩を振り返ることなく、私と、その先のゴール地点を見上げた。黄昏色の空が、鳥居の朱色と混じり合うようだった。
「屋上で待ってますんで」

    6

 前庭で、女バスの部員たちがブレイクダンスを披露している。
 校舎の壁には看板や風船が飾りつけられ、いつもより少しだけ面白味が増している。飲み物やパンフレット片手に行き交う人々。体育館の中から聞こえるバンドの演奏音。そしてひときわ高いこの場所には、食欲をそそる香りが漂っていた。
「盛況だな」
「あ」
 レジ横で一息ついていると、新たなお客さんが来店した。「二名様ごあんなーい」と営業スマイルなしで言い、屋上を見回す。かなり混む時間帯だが運よく二人席が空いていた。
「ほんとに来るとは思いませんでした」
「敵情視察だよ。てるてる坊主逆さに吊るしといたのに、晴れたなあ。残念だ」
「看板の結び方が悪い。風で飛んだらどうする。もっと補強しておけ」
 縁起でもないジョークを飛ばす江角先輩と、小姑みたいな椚先輩。厨房スペースの真兎に声をかけると、相変わらずの身軽なステップですっとんできた。色白なのにサリー風ドレスがやたらと似合っている。
「どうも先輩ようこそ〈ガラムマサラ〉へ。見て見てこの衣装ヤバくないですか。手作りですよ」
「カレーライスの普通盛りを二つくれ」
「先輩のことだからどうせ無難な注文をするだろうと思ってすでに用意してあります」
 手際よくライス皿とカレー(例の銀色のランプっぽい容器に入っている)を並べる真兎。椚先輩は苦虫を噛み潰したような顔になる。もはや微笑ましいなとか思いつつ私は江角先輩と話す。
「〈キリマンジャロ〉は繁盛してます?」
「オープンカフェじゃなくなったからな。去年よりは客が減ったけど、まあぼちぼち。さっき塗辺が来たよ。彼女と二人で」
 い、意外な事実が判明した。人は見かけによらない。
「さあどうぞご賞味あれ」
 真兎がカレーを並べ終えると、先輩たちはスプーンに手を伸ばした。二人同時にカレーをすくい、二人同時に「うん」と一言。
「……いかがですか」
「委員会に、来年から運営規則を変えるようかけ合ったほうがいいな」
「一理ある。屋上でしかこれが食べられないのは問題だ」
 素直でない感想を述べ合ったあと、江角先輩は小さく噴き出し、椚先輩も口元を緩めた。私と真兎も顔を見合わせ、笑う。調理スペースから立ち昇る湯気が青空に溶けてゆく。
 馬鹿と煙は高いところが好き。
 しかしこの場所からの景色は、なかなかどうして馬鹿にできないのだった。

この小説の続編はカドブンノベル11月号に掲載された「坊主衰弱」です。
是非こちらもお楽しみください。


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