東野作品の中でも最高の読後感を味わえる、涙なしには読めない傑作。東野圭吾の11作品、怒濤のレビュー企画⑨『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
全部読んだか? 東野圭吾
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全部読んだか? 東野圭吾――第9回『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
数ある東野圭吾作品。たくさん読んだという方にも、きっとまだ新しい出会いがあります。
『超・殺人事件』刊行に合わせ、角川文庫の11作すべてのレビューを掲載!
(評者:西上心太 / 書評家)
本書は「小説 野生時代」2011年4月号から12月号まで隔月掲載された後に、角川書店から刊行された。文庫化されたのは2014年だ。
あの時こうしていれば現在の私は違っていたのではないか。いま下す決断は将来にどのような影響を及ぼすのだろうか。過去に戻ることができたら別の決断をしたのに……。
このようなことを考えなかった者はいないだろう。それだけタイムトラベルは魅力的なテーマなのだ。それゆえにSF作家でなくても多くの作家がこのテーマに挑むのだろう。
東野圭吾も例外ではない。ネットに掲載された〈ナミヤ雑貨店の奇蹟 スペシャルエッセイ〉でも、タイムスリップを使った物語が好きです。小説でいえばハインラインの名作『夏への扉』、映画では何といっても『バック・トゥ・ザ・フューチャー』です
と記している。
東野圭吾が最初に手がけたタイムトラベルものは、『時生』(2002年)である。死を迎えつつある若者が過去にタイムスリップして、将来の父親である頼りない主人公と関わっていく物語だった。本書は『時生』以来、同テーマとして二作目の作品である。
ある日の深夜、三人の若者が無人の店舗兼住宅に忍びこむ。なにやら悪事を働いてきたらしいが、盗んだ逃走用の車が故障したため、郊外の街から離れることができなくなったのだ。そこはメンバーの一人が目をつけていた家で、人混みに紛れやすい朝まで身を隠そうとしたのである。この家が廃業して久しいナミヤ雑貨店だった。
元雑貨店に潜んでしばらくすると、思いがけないことが起きる。店舗の土間にあるシャッターの郵便投入口から白い封筒が店内に落ちてきたのだ。投入口から外を覗いてみても周囲は真っ暗で人の気配も感じられない。その手紙には〈月のウサギ〉という女性からの悩み事が書かれていた。ナミヤ雑貨店はこの日の夜中から夜明けまでの限られた時間、時空を超えた存在になっていたのだ。
ナミヤ雑貨店は浪矢雄治という男が開いていた店だった。「ナミヤ」と「ナヤミ」の洒落から、子供たちが相談を寄せるようになったのだ。ほとんどは他愛のないもので、店主も頓知めいた回答を店に張りだしていた。だがシリアスな質問も寄せられるようになった。そこで閉店後に秘かにシャッターの投入口に相談を差し入れてもらうようになり、翌朝までに店主はその回答を店の裏にある牛乳箱に入れておくというルールができたのだ。
三人の若者は、このシステムの中心にいることに気づく。シャッターの投入口を通して過去からの手紙がやってくる。そして彼らが書いた回答が牛乳箱を経て、再び過去へと戻っていく。第一章ははからずも回答者となった少年たちの視点から、第二章では相談者の立場から、第三章では店主の浪矢雄治と息子の貴之を通して雑貨店がにぎやかだった時代を、第四章では子供のころに相談事を出した男性の視点で、そして最終章の第五章では一人の女性の半生が描かれる。
このように回答をひねり出す三人の若者を描くだけでなく、相談する側や店主である浪矢雄治自身の物語など、章ごとに中心となる視点をずらして、物語が立体的に組み上げられていくのだ。三人が忍びこんだナミヤ雑貨店内の〈現在〉をはじめとして、章ごとにさまざまな時代が登場する。あからさまに年代は書かれていないが、当時ヒットした曲や映画の題名、あるいは大きな出来事などをさりげなく会話や地の文に挿入することで、いつの時代の話であるのかがわかるようになっている。だが同じ章の中には回想シーンもあり、物語のつながり具合が複雑になっている。それを読み解いていくのも読者の楽しみなのだ。
最後まで読み進めると、円環が閉じるようにすべてのエピソードが時空を超えて結びつき、それぞれの時代を生きた人々の物語が大きなタペストリーのように浮かび上がるのだ。そしてその模様こそ、おりおりで決断を下し、長い人生を生きる人間たちに向けた賛歌にほかならない。東野作品の中でも最高の読後感を味わえる傑作だ。
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▼『ナミヤ雑貨店の奇蹟』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321308000162/