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連載

はらだ有彩「ダメじゃないんじゃないんじゃない」 vol.6

『日本のヤバい女の子』著者による、思考実験エッセイ はらだ有彩「ダメじゃないんじゃないんじゃない」#6

はらだ有彩「ダメじゃないんじゃないんじゃない」

第六回 産休・育休で仕事に「穴を開ける」のはダメじゃないんじゃない



 私のデスクにはバキバキに折れた眼鏡が入っている。なぜバキバキに折れたかというと、私がつるを激しく押したからだ。なぜ蔓を激しく押したかというと、キレたからだ。

 私はここ10年ほど会社員として働いている。いくつかの会社に勤めたが、こんな私を雇ってくれるなんてとにかくありがたい限りである。だが、どんなにありがたいオフィスでも、ありがたくない出来事というものはときどき起きる。
 ──産前産後休業・育児休業からの時短勤務、そしてテレワークという、これまたありがたい体制の整った職場でのことだ。出産後、時短勤務とテレワークを組み合わせ、月に3回ほどオフィスへ出てくる以外はほとんど自宅で勤務している一人の女性社員がいた。ある日、女性社員が久しぶりに出社し、会議である提案をした。オフィスにいるメンバー全員で行う作業についての改善案だった。
 私たちの上司がすぐに反論した。
「いや、全然現実的じゃなくない? ●●さん、普段出社してきてないから分からないよね。分からないのに口出さないでもらえる? 作業するのは出てきてくれてる人たちなんだから」
「あ……すみません……」
 女性社員は恐縮して口を閉ざし、何事もなかったかのように会議は続……かなかった。私が乱入したせいだ。
 あの~ちょっと話戻していいですか? 異議があって……というか異議しかなくて……会社は●●さんの時短勤務とテレワークを認めているんですよね……。●●さんはその働き方によって給与も変わっていますよね……。勤務形態と給与体系に問題がないのであれば、ここにいる頻度が低いことが負債であるかのようなイメージを強調して、いたずらに萎縮させへりくだらせるのはいかがなものか。そして勤務形態と給与体系に問題があるのならそんなものがまかり通る前に覆すべきではないのか。架空の負債が膨らんでふと思ったことも口に出せない風土が出来上がれば、後に続く後輩もせっかくの制度を利用しづらくなり、ああこの組織に所属しながらの出産はできないかもしれないと感じ、最悪の場合辞めてしまうのではないか。それが最も組織にとって悪手ではないのか! のか!! のか!!!!!!!!!!
 ……という旨を今はちょっと盛って書いたが、実際にはこの100倍くらいグネグネモジモジしながらどうにか発言し、その間私の指は憤りともどかしさのやり場を求めて眼鏡をひたすらクイッとやり続けた。幸いにも上司が「申し訳ない、失言だった」と言ってくれた時には私の眼鏡はすっかりV字に反り返っていた。そのあと半日ってV字の谷のところでぽっきり折れた。眼鏡よ、安らかに眠ってほしい。

 思えばその女性社員はいつも申し訳なさそうにしていた。時短勤務で皆よりも早く帰る日には「すみません」と言い、出社の予定が変更になれば「すみません」と言い、不在の間に起きたことを聞いては「すみません」と言った。
 なぜそんなに申し訳なさそうなのか、当時、のんな私はさっぱり分かっていなかった。何がどう申し訳ないのか理解できなかったのだ。しかしこの眼鏡事件によってようやく気づいた。
 もしかして、この世には産前産後休業・育児休業にて「仕事に穴を開ける」ことを良く思わない風潮があるのではないか?



 産前産後・育児中という状況に置かれていなくても、人は仕事を休む。
 自分ひとりで雇用を生み出し、自分ひとりがいればそこがすなわち仕事場で、自分ひとりで価値創造し、自分ひとりで案件を動かしている場合には、自分が休んでも誰も困らない。そうでなければ仕事はたいてい複数人で執り行う。現場では一人きりだったとしても、シフトを回したり、引き継ぎをしたりして負荷を分担する。

 大事な商談の前夜、チームメンバーが急に思い立って真冬のベランダで家庭用プールを膨らませ、半裸になって徹夜で水遊びして、身体からだを拭かず、髪も乾かさずにうたた寝したせいで風邪を引いて翌日欠勤したら、まあ、ムカつくだろう。今日商談なの分かってたよね!? 夜中に水遊び始めなくてもよくない!? いや、別に水遊びは始めてもいいかもしれないけど、髪くらい乾かしてもよくない!?
 仕事とは大変なものだ。いつも段取りが求められる。明日はこれをして、明後日あさつてはこれをして、今週はこれを終わらせて……と計画していたものが突然自分以外の原因によって狂わされ、負担が増え、めちゃくちゃになってしまえば腹が立つ。そう、職場に開いた「穴」のしわ寄せをくらうと、腹が立つ。至極当然のことだ。問題は、「何に」腹が立つかだ。

 ほとんどの人は寒空の下、ふざけて水遊びをしない。風呂上がりにうっかりれた髪のまま眠ってしまうことはあるだろうが、うっかりに起因するものも含めた不慮の体調不良は人間の肉体を持っていれば必ず起こりうる。にもかかわらず、世の中には不慮の体調不良による不在さえ批判する向きが確かにある。私がかつて働いていたブラック企業ではインフルエンザにかかった社員に「甘えるな!」と言って出社させ、客先へ向かわせていた。お客さんは食品メーカーだったのでさぞ来ないでほしかったと思う。
 かく言う私も会社に電話をかける際には「すみません、今日休みます」と連絡する。この「すみません」はいったい、何の「すみません」なのだろう。
考えられる理由を書いてみた。

 ①「身体に不調が起きてすみません」
 ②「身体の不調を回避するための努力を怠ってすみません」
 ③「身体の不調をものともせず出社する気概がなくてすみません」
 ④「皆が働いているときに寝ていてすみません」
 ⑤「今日会議する予定で時間を空けてもらっていたのに無駄になってしまってすみません」
 ⑥「今日終わるとお伝えしていた業務が終わらなくてすみません」
 ⑦「今日絶対に終わらせなければならない業務を誰かに肩代わりさせてすみません」

 次に、これらの理由で「すみません」と言われたときに思い浮かぶことをそれぞれ書いてみた。

 ①肉体に起こる現象はコントロールできない。
 ②努力で全てのリスクを回避できれば病院は要らない。
 ③って来られても困る。怖い。
 ④作業中のデスクの上で寝転がられるとさすがに邪魔だが、そうでなければ目の前にいない人間が寝ていようが、踊っていようが、歌っていようがどうでもいい(温かくして寝てほしい)。
 ⑤仕事でなくてもかなり申し訳ない。謝った方がいいだろう。

 ⑥、⑦は組織の中で誰かと関わることによって発生する「すみません」だ。一緒に組織活動をしているうちの一人が活動を中断するときに使われる「すみません」だ。
「組織」という言葉を眺めていると、かつて働いていたブラック企業(前述したインフルエンザにかんした社員に出社を強要した会社である)にて毎週土曜日に開催されていた勉強会のために、自腹で買わされた本があったことを思い出した。全然減価償却できていなかったあの本たちを今こそ役立てよう。
 P.F.ドラッカー氏の『企業とは何か』には、「企業は社会的組織である。共通の目的に向けた一人ひとりの人間の活動を組織化するための道具である。」と書かれている。みのる氏の『組織論再入門』には、組織とは「協働のために、意図的に調整された、複数の人間からなる、行為のシステム」とある。ついでに、同じくドラッカー氏の『マネジメント 基本と原則』には「仕事の生産性をあげ、働く者に成果をあげさせるために、何らかの解決策を、あるいは少なくとも調整策をいださなければならない。」とある。

 もしこれらの言葉の通り、「組織」が人間の価値創造をいい感じにする道具だとすれば、「穴が開く」という現象はありえないのではないかという気がしてきた。だって構成メンバーが欠けたり変わったりするたびに形を変え、その時々の最大の力が発揮できるためのシステムが組織なのだ。⑥今日終わるとお伝えしていた業務が終わらなくても大丈夫なように調整できるシステム、⑦今日絶対に終わらせなければならない業務を肩代わりした人が、その業務が入ってきた分だけ、もともと持っていたものを手放せるシステムであるべきだ。
 ちやわんによそった白米をスプーンで丸くくり抜くと、穴が開く。白米に開いた穴は自動で塞がらない。一方、同じだけ盛りつけたかゆをひとさじすくい取ると、粥はゆるやかに広がりのびて穴が埋まる。穴そのものに腹を立てる暇もなく。

 さて、ぶじ「穴が開く方がどうかしている」ということが分かったところで、産前産後休業・育児休業である。

 産前産後休業・育児休業がその他の休業に比べてことさらにやり玉に挙げられるのは、その能動性、計画性、継続性、特定性によるものだと思われる。
 多くの人が妊娠のための準備や、出産にかかる時間の長さを知っている。知っているから、【「●●さんだって」知っている「のに」、「知っておきながら」「わざと」「計画的に」「自分たちに」「迷惑をかけようとしている」】としざまに変形できてしまう。
 さらに、妊娠のためのポピュラーな手段であるセックスは完全に娯楽に分類されている。別にセックスが娯楽でも全く問題ないのだが、意図的に娯楽性を強調した「子作りセックス楽しんだせいでしょ?」という表現を許すと、「子供ができたら仕事を変則的に調整せざるを得ない」と「真冬に水遊びしたまま寝ると風邪を引く」が混同され、あたかも個の気のゆるみによる過失であるかのような世界観が補強される。
 しかも育児休業はともかく、産前産後休業は高確率で女性が取る。この時点で男性という妊娠・出産に関わったメンバーの半分が透明化し、残されたメンバーだけが矢面に立つことになる。
 こうして、ホースの先が細いほど水の勢いが激しくなるように、「職場に開いた穴」が、目の前の人間だけと強く強く結びついていく。

 とはいえ、そんなきれいごとを言っても意味がねえんだわ、実際問題きっついんだわ今、どうせウチの組織は改善しねえわ、文句くらい言わせてくれや、というご意見ももつともだ。それに、経営者だって大変だ。目の前に開いた「穴」の色や形にあえぐ以外のすべを持たない、小さくか弱い我々は、ダイナミズムに頼るしかないのかもしれない。
 2020年1月、いずみしんろう・環境大臣が、パートナーのたきがわクリステル氏の出産に伴い、生後3ヵ月までの間に合計で2週間の育児休業を取得する考えを示した。個人的に小泉氏を全面支持しているかどうかはともかくとして、支持していない人による「戻ってこなくて結構」「ずっと育休取っててください」というコメントを見かけるたびに、もしかして育児(活動による)休業は組織活動・社会活動の一部に含まれていないのか? と不安になってくる。
 この際なので勝手な希望を主張すると、小泉氏にはぜひ育児(活動による)休業とともに育児活動による時短勤務とテレワークも行っていただけるとたいへんありがたい。育児休業だとお見掛けする機会が物理的に減ってしまうが、時短勤務とテレワークだと毎日目につくため、継続的に啓蒙してもらえるからだ。ついでに、小泉氏の働き方には賛同したいがそれ以外のノイズが多い……という方のために、もっとサンプルが増えてくれると益々喜ばしい。

 確かに喜ばしいのだが、ダイナミズムに任せてぼんやりしているうちに人類が滅亡しませんように、と私は祈っている。子供は社会のためだけに生まれるのではないが、社会は子供が生まれなければ持続できない。滅亡したくなければ我々はどのみち、何らかの方法で増えていくしかない。それもサステナブルな方法で。
「子供ができたら大変なのは分かっていただろう! 分かってて作ったんだから自己責任で我慢しろ!」という主張が通るなら、「子供が減れば滅亡するのは分かっていただろう! 分かっていて減らしたんだから自己責任で滅亡しろ!」というディストピア世界ができてしまう。はーい! 滅亡します! と明るく言う必要がないように、はーい! 我慢します! と明るく言う必要もまたないのだ。

 ……と、そんなことを考えているうちに、大変な事態になってきた。これを書いている2020年3月現在、新型コロナウイルス感染症、「COVID-19」への感染が世界中で拡大している。報道を見ない日はなく、犠牲になった方も増え続けている。閉鎖した空間・近距離での会話のリスクが懸念され、テレワークが推奨され始めた。勤務形態を切り替える企業が続々出てくる一方、いつもと変わらず満員電車での通勤を求められる人の悲鳴も聞こえてくる。集団で物理的に手を動かしたり、物理的に多数の人間に会わなければ仕事にならない業種の人には、その場所へ行かない、その行為をしないというソリューションは無力だ。
 弊社はこのところテレワークが続いている。電車通勤が多い部署のメンバーが重点的に対象となった。場所を選ばない業務内容のメンバーが出社しないことで、場所を選ぶ業務内容のメンバーのリスクも下げる作戦である。

 世界的危機におけるイレギュラーな働き方と、平常時での産前産後休業・育児休業は全くの別物だ。比べ物にならないほど、平常時の方が余裕がある。人類全体が「減らない」ために出社しないことが望ましいのなら、人類全体が「増える」ために出社しないことだって喜ばしいはずである。人類最後の一人になってしまったら、誰にも仕事に「穴を開けて」すらもらえないのだから……。

つづく

「カドブンノベル」2020年5月号より


「カドブンノベル」2020年5月号

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