【第269回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
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【第269回】柚月裕子『誓いの証言』
久保は記憶を辿るように、顔をあげて遠くを見た。
「さきほどの弁護人の話にあったように、私はかつて香川で蕃永石にかかわりのある仕事をしていました。その仕事は、結果的にひとりの職人の人生を奪ってしまった。私は自責の念に苛まれ、香川を離れました。あの仕事に関すること――蕃永石のことや亡くなった人のことなど、すべてを忘れたかったんです」
しかし、久保は忘れられなかったという。事あるごとに思い出し、そのたびに自分を責めた。そしてやがて、弁護士という仕事自体に疑問を抱くことになる。
「私が弁護士になった理由は、困っている人を助けたかったからです。でも自分がしたことはなんだ。人を苦しめ、辛い目に遭わせてしまった。私は弁護士という仕事がいやになり辞めようと思ったこともあります。でも、辞めてなにをするかもわからず、ずるずるとここまで来ました。当然、仕事に身が入らず、それを妻に咎められ、鬱屈だけが溜まっていき、それを外で発散する。そんな自堕落な生活を送っていました。それが、今回のことにも繋がってしまった――」
久保はどこかが痛むような表情をして、顔を下に向けた。
「私がもっと早く、自分がしたことと向き合い、自責の念から逃げず、あの出来事の関係者に謝罪をして、一からやり直していたら今回のことは起きなかった、そう思います」
久保は顔をあげて、乙部をまっすぐに見つめた。
「私は、本件の公訴事実のようなことはしていません。しかし、今回のことはすべて自分が引き起こしたことであり、晶さんに非はない、そう思っています。申し訳ありませんでした」
最後の詫びは、誰に向けて言ったのかわからなかった。だが、真摯な声の響きから、久保が心から詫びていることだけは確かだった。
久保が深々と頭を下げる。
乙部が前を見据えた。
「これで審理を終えます」
判決言渡期日は一週間後だった。今日と同じこの場所で、午後一時から行われる。
「それでは、本日はこれで閉廷します」
乙部の声が、法廷に響いた。
(つづく)
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