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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.41

【連載小説】「捜すとなったらあの人ほど捜しづらい人もいない」。生きていれば九十代の彼女の行方は……。真藤順丈「ビヘイビア」#11-2

真藤順丈「ビヘイビア」

※本記事は連載小説です。
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かざまつりさんとはいまでは、音信不通になってしまっていて」
「そのようですね。どちらかの施設に入られているんですかね」
「あの人のことだから介助なしで元気に自活してるんじゃないかしら。お名前のとおり、風のように自由な人でしたから。たとえどこかにご厄介になっているとしても、現役でいまも踊ってらっしゃるにちがいないわ」
「親しかったお弟子さんも、居場所がわからないなんて」
「ふふふ、そういう人なのよ」
 室越さんは、含むような微笑みを浮かべた。
「家族とか友人とか、家とか財産とか、そういうものにとらわれないの」
「だけどおとしを召されたら、それこそご不自由も多くなるでしょう」
「普通の考えならそうね」
「九十歳も超えるといつ、なにが起こっても……」
 とっさに〈いつお迎えがあるかもわからない〉という直截な言葉は濁したが、室越さんは言わずもがなで察して、
「たとえ死期が来ても、だれにも知られずひっそり死んでいきたいって。だけど病気や怪我とは無縁で、わたしが出逢ったころでもう六十代でしたけどね。実年齢よりつねに十から二十は若々しかった」
「あ、意外とご高齢になってから知り合われたんですね」
「ええ、だけどわたしにとっては、遅れてやってきた青春でした」
 城之内たちが風祭に感じていた〈孤高〉の風格のようなものは、室越さんの追想によっていっそう強固になっていた。あなたは西部の流れ者ですか、というぐらいにひとところに定住せず、家や土地を所有せず、浅草や大泉町、全国のブラジル人街などを渡り歩いては日本人や在日ブラジル人、本場のカルナヴァルを知らない帰化移民にもサンバを熱血指導していたというのだから、伝説のなかに息づく〈さすらいのサンバ・ダンサー〉を地で行っている。この国でサンバと名前のつく町興しイベントや祭事の陰には、かならずと言っていいほど風祭喜久子の活躍や尽力があるということだった。
「実際、捜すとなったらあの人ほど捜しづらい人もいないんじゃないかしら。わたしもある時期までは、せめて連絡はつけられるようにしておきたいと手を尽くしたんですけど、それももう諦めてしまいました」
「たしかに、影すらも踏ませてもらえません」
「ごめんなさいね、お役に立てなくって」
「しかし、そういう人が〈本場のサンバ・カルナヴァルを見たい〉なんて感傷的な願いを抱くと思いますか? 元をたどれば一本の電話から始まったんですが、本物の喜久子さんのことづてじゃなかったのかもという憶測もないわけじゃなくて」
「あらそう……だけど喜久子さんは、ご自身の原点になったリベルダージでの日々にはとりわけ思い入れが深かったようですよ。齢を重ねて、親しかった人たちのほとんどがこの世からいなくなってしまって、自分もそのうち向こうに行くんだって実感が沸いたら、ご自身の人生の総決算をしたくなっても不思議ではないと思うけれど」
「向こうでライバルだったオリヴェイラ家について、話したことはありましたか」
「さあ、記憶にありません」
「風祭さんの写真とか、お持ちじゃないですか」
「ええ、何枚かは。ご覧になります?」
 室越さんが自室から持ってきてくれたアルバムには、国内のカルナヴァルで踊っている室越さんたちの写真がたくさん納められていた。そのなかの数枚に、六十代から七十代とおぼしき風祭喜久子が写っていた。
「ほら、これが風祭さんよ」
 彼女の顔はそれこそ、若かりし日の写真──オリヴェイラ家が所有していたモノクロームの写真でしか確認できていなかった。
 それから半世紀、おばあちゃんになった風祭喜久子のスナップを見ても、若いころとの連続性は見いだせなかった。
 それでもこれで六、七十代というのは驚きだ。老いてなお日本人離れしたスタイルで、へそ出しビキニすらも平然と着こなしている。グレイヘアを染めもせず、どれほど派手な羽根飾りにもひけをとらないクレオパトラのような濃い化粧も魅力となっていた。切れ長の目も、高いとはいえない鼻もちいさな唇も純和風といってよいものなのに、カルナヴァルの舞台に身を置くとたちまち百花りようらんの表情を咲かせる。写真にはその残像をとらえきれない手足の躍動とあいまって、あきらかにサンバのアイコンたりえている。
 被写体となった風祭喜久子の、歓喜や熱狂がそれぞれに刻印されているような写真ばかりだった。たしかにこの人は、カルナヴァルを腹の底からおうしている。
「室越さんが最後に、喜久子さんに逢ったのはいつだったんですか?」
「たしか共通の友人の葬儀でした。喜久子さんはふらっと喪服で現われて、あれはきっと遺影を見にきたんだわ」
「遺影を?」
「十五年前ぐらいに、サンバの仲間たちで連れだって遺影を撮りにいこうって話になってね。〈終活〉という言葉が社会に広がりはじめた時期でした。わたしたちはカルナヴァルの日でもなんでもないのに、サンバの衣裳を着て写真スタジオに出かけていったのよ」
「サンバの衣裳で遺影を撮ったんですか! それはなんというか、徹底してますね……」
「お仲間の一人が鬼籍に入って、ちゃんと使ってもらっていた遺影の前で、喜久子さんは弔辞のかわりにノペを踏んだのよ」
 室越さんも、そのときに撮った遺影は大事に保存していた。
「風祭さんのそれは、できればこの目で拝みたくないんですけどね」
 どのみち、どこにいるのかわからないんじゃねえ、と室越さんは複雑なせきりよう感をうかがわせた。サンバのいでたちの遺影、終活で撮った写真がまだ使われていなければいいが──
 大きな収穫はなかったが、あらためて風祭喜久子の人となりをかいられた面会だった。徹底している──サンバへの情熱に人生を貫かれた風祭喜久子、後年の写真で彼女が見せていた表情が、城之内の胸の奥にざらりとした感触を残していた。
 健在なんだろうか、この国のどこかで──城之内はどうしても、実体をともなった調査対象者を追いかけている実感を持てなかった。

▶#11-3へつづく
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