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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.42

【連載小説】ブラジル人コミュニティがある大泉町で、聞き込みを続ける。この町でも、彼女は大きな貢献をしていた。真藤順丈「ビヘイビア」#11-3

真藤順丈「ビヘイビア」

※本記事は連載小説です。
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       §

 秩父から大泉町までは、車で一時間半ほどの距離だった。
 城之内と駅前で落ち合ったとき、ガフは大泉町で面識を得るにいたった在日ブラジル人と連れだっていた。かい弁護士に紹介してもらったロドリゴとマルコという二人組が、大泉町の案内を買って出てくれていた。
「大泉町では、風祭のばあさんは見つからなかったんじゃなかったか」
「だけどぼくは、できるだけたくさんの人と話したいです」
 駅前広場とそこから伸びる幹線道路には、ポルトガル語の看板がつらなっている。食料雑貨店や衣料品店、タトゥースタジオ、旅行代理店、レンタルビデオショップ、ケーブルテレビ局、それらのほとんどが、一般の定住者としてはアジア以外でもっとも多いブラジル人向きの仕様になっている。
 一九八九年の入管法改定で、定住資格を与えられる日系ブラジル人が工場都市だった大泉町に大量に流れこんできた。ひと昔前までは全国で三十万人を超え、二〇〇八年のリーマン・ショックのあおりを受けてからも十七万人はくだらないという在日ブラジル人は日本社会を構成する重要な一員だが、それでもかつてのガフのような実習生や留学生とも同様に、一般の通念では感が否めない。
 だけどこの大泉町では、日系ブラジル人コミュニティの濃度が高くて、歴史も長いぶんだけその存在を可視化して町興しに活かそうという姿勢が感じられた。ガフが知るかぎり、この日本では他にそんな自治体は見受けられない。ちょっとおおに言うのなら、これからどんどん人種のるつぼとなっていくはずの日本の未来像を正しく先駆けているところがあると思います、とガフは城之内に言った。
「観光協会のトップぺージからして、いきなりサンバの女の人たちだし。ブラジルのグルメ横丁とか民芸品フェスタとかぐいぐい推してくるよ」
「サンバが観光の目玉になってるんだな、たしかにリトル・サンパウロだ」
「リベルダージの出身者も多いです。この二人の親御さんも」
 ガフと同年代ということもあってか、すっかり打ち解けたロドリゴとマルコが口を開いた。
「ウズベキスタン人の探偵と、タクシーの運転手が相棒なんですか」
「すげー、あんたら変わってんな」
 ロドリゴやけは、父親がリベルダージ出身の日系ブラジル人で、母親が日本人だというミックス。かたやマルコ・ベラスコは両親ともに日系ブラジル人で、見るからにラテン系の顔立ちをしているが、二人ともこの国で義務教育を受けたことがわかるりゆうちような日本語で話した。色合いを抑えたラフなパーカーやジーンズ、無地のTシャツをまとっていてルーツを配色で押し出してくることもない。いかにも二十代の当世風の若者といった印象だった。
「ロドリゴとマルコが、いろんな人に引き合わせてくれたよ」
 サンバの関係者、リベルダージの出身者。ロドリゴとマルコのおかげでガフは多くの大泉町在住者と話をすることができた。城之内のタクシーに三人で乗りこむと、これから会う予定を取りつけている元商工会議所の会長のもとへと向かった。
 夕暮れどきの藍色の風景を、暖色の灯をともした東武いずみ線の車両が抜けていく。西小泉駅の南側、電機メーカーの広大な工場を眺めながら市街地を車で走った。ありふれた閑静な住宅街にはおよそブラジル色の強い光景は望めない。日系ブラジル人と日本人との棲み分けがはっきりしているようだった。
「こちら、すぎのおやっさん。大泉町のサンバの起こりについてよく知ってるって」
 杉場というかたぶとりの初老の男は、スポーツクラブのサウナ室に入っていた。隠居した商工会議所の会長に話を聞くためには、ガフたちも腰にタオルを巻いただけの姿になってだらだらと汗を流さなくてはならなかった。
「ぐぐあ、熱い……出てからロビーで話すのはだめですか」
「この町にはバブルのころから、出稼ぎの日系ブラジル人が多く住んでいて、元をたどれば彼らのガス抜きのために地元の祭りでカーニバルをやるようになった。カーテン工場の経営者が生地の余りを提供してくれて、衣裳やらなにやらもすべて手作りで、本場のサンバが見られるというので関東じゅうに評判がひろがって、地元企業が後援に乗りだしてからはコンテスト形式で賞金も出るようになって……」
 蒸し風呂に慣れていないガフはとにかく出たかったが、こんなときにかぎって相手は話の長いタイプだった。サウナ室の設定温度は九〇度、杉場さんは熱した石にじゃんじゃん水を浴びせて水蒸気を発生させ、そのたびに熱伝導率が高まるのか、釜でにされているようにますます熱くなる。「水、水を、ばしゃばしゃ水をかけるはめて……」せめてそれぐらいはとガフが懇願しても、杉場さんはてんで聞いちゃくれない。
「年々規模を増して、集客も高まったが、そうなるとトラブルも増える。飲酒によるトラブルや強盗、暴行に傷害、交通事故、違法薬物、サンバはそのすべての元凶と見なされてね、あげくのはてにあのワールドカップの騒動だよ」
 二〇〇二年、日韓で共同開催されたサッカーのワールドカップでブラジルが優勝すると、大泉町の日系ブラジル人は歓喜を爆発させて町の幹線道路に集結し、どんちゃん騒ぎで勝利の行進を始めた。酒瓶の割れた破片をまきちらし、駐車されていた車の屋根に飛び乗って、国道は封鎖されて機動隊が出動する騒ぎになった。これが極めつきのネガティヴ・キャンペーンとなって、ブラジル人のお祭り気質に対する地元民の反感はふくれあがった。右肩下がりで景気は衰退していて、後援企業も次々と撤退していたのもあって、この年でサンバ・カーニバルの中止が決まってしまった。
「だけど大泉町からサンバを奪ったら、売りになるものはそんなにないから」
「商工会で、サンバ復活のために観光協会を立ち上げたんですよね」
 ロドリゴとマルコは、滝のような汗を流しながら平然としている。城之内もけろっとしていた。苦しんでいるのはぼくだけか、ガフは乾ききった喉をひきつらせる。
「町役場が先頭に立ってブラジル色を出すと、住民のアレルギー感情をあおるし、警察だって良い顔はしない。そこで行政とは別の組織を作ろうということになった。そのアドバイザーとしてしようへいし、いつしか中心的なまとめ役となってくれたのが、浅草サンバ・カーニバルの隆盛にも一役買った風祭喜久子さんだった。実際のところあの人は、サンバの親善大使のような人だった」
 風祭喜久子。
 ようやくその名前が出てきてくれた。
 が、それどころではない。炎熱地獄に苦しむガフは命の危機を感じている。
「かざ、風祭さんがこの町でも、大きな貢献を……」
 青息吐息であえぎつつ、うまく相槌も返せなかった。
 観光協会が発足されると、風祭喜久子はこの町の日系ブラジル人女性を中心としたサンバ・エスコーラを立ち上げるように進言し、よその自治体などから要請があればエスコーラを派遣する巡業スタイルを整えた。さらに町でのカーニバルで最大の難題だった警備面をクリアするために、本式のパレードから舞台上で踊る形式に変えて、マクレレやアフロダンスといったサンバ以外のダンスの発表の場にもして、広範にわたったブラジル文化を紹介する催し物にするように提案したのも喜久子さんだった。
 たしかに親善大使めいている。これらの改革が効を奏して、再開された大泉町のカルナヴァルは観光客を呼び戻し、毎年順調に回を重ねて、大泉町に欠かすことのできない名物行事の座を奪還するにいたっていた。

 サウナ上がりに、休憩所でコーヒー牛乳を飲みながら城之内は言った。
「浅草でも大泉町でも、風祭さんがそこかしこで多大な貢献をしてきたのはわかった」
「はじめから、ここでお話しするはどうしてだめですか……」
「はっはっは、汗をかけよガフール・ジュノルベク」
「ジョンノチさんはなんでへっちゃらですか」
とよはしとかはままつとか、他のブラジル人街に出かけていっても、風祭さんの爪痕は見つけられるのかもしれない。だけどそれがなんだ? 肝心なのはたったいまどこにいるかなんだぞ。これだけあちこちで話を聞いてまわっても、だれも居場所どころか、生きているか死んでいるかも知らないなんて」

▶#11-4へつづく
◎第 11 回全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


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