【連載小説】ブラジル人コミュニティがある大泉町で、聞き込みを続ける。この町でも、彼女は大きな貢献をしていた。真藤順丈「ビヘイビア」#11-3
真藤順丈「ビヘイビア」

※本記事は連載小説です。
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秩父から大泉町までは、車で一時間半ほどの距離だった。
城之内と駅前で落ち合ったとき、ガフは大泉町で面識を得るにいたった在日ブラジル人と連れだっていた。
「大泉町では、風祭のばあさんは見つからなかったんじゃなかったか」
「だけどぼくは、できるだけたくさんの人と話したいです」
駅前広場とそこから伸びる幹線道路には、ポルトガル語の看板がつらなっている。食料雑貨店や衣料品店、タトゥースタジオ、旅行代理店、レンタルビデオショップ、ケーブルテレビ局、それらのほとんどが、一般の定住者としてはアジア以外でもっとも多いブラジル人向きの仕様になっている。
一九八九年の入管法改定で、定住資格を与えられる日系ブラジル人が工場都市だった大泉町に大量に流れこんできた。ひと昔前までは全国で三十万人を超え、二〇〇八年のリーマン・ショックの
だけどこの大泉町では、日系ブラジル人コミュニティの濃度が高くて、歴史も長いぶんだけその存在を可視化して町興しに活かそうという姿勢が感じられた。ガフが知るかぎり、この日本では他にそんな自治体は見受けられない。ちょっと
「観光協会のトップぺージからして、いきなりサンバの女の人たちだし。ブラジルのグルメ横丁とか民芸品フェスタとかぐいぐい推してくるよ」
「サンバが観光の目玉になってるんだな、たしかにリトル・サンパウロだ」
「リベルダージの出身者も多いです。この二人の親御さんも」
ガフと同年代ということもあってか、すっかり打ち解けたロドリゴとマルコが口を開いた。
「ウズベキスタン人の探偵と、タクシーの運転手が相棒なんですか」
「すげー、あんたら変わってんな」
ロドリゴ
「ロドリゴとマルコが、いろんな人に引き合わせてくれたよ」
サンバの関係者、リベルダージの出身者。ロドリゴとマルコのおかげでガフは多くの大泉町在住者と話をすることができた。城之内のタクシーに三人で乗りこむと、これから会う予定を取りつけている元商工会議所の会長のもとへと向かった。
夕暮れどきの藍色の風景を、暖色の灯をともした東武
「こちら、
杉場という
「ぐぐあ、熱い……出てからロビーで話すのはだめですか」
「この町にはバブルのころから、出稼ぎの日系ブラジル人が多く住んでいて、元をたどれば彼らのガス抜きのために地元の祭りでカーニバルをやるようになった。カーテン工場の経営者が生地の余りを提供してくれて、衣裳やらなにやらもすべて手作りで、本場のサンバが見られるというので関東じゅうに評判がひろがって、地元企業が後援に乗りだしてからはコンテスト形式で賞金も出るようになって……」
蒸し風呂に慣れていないガフはとにかく出たかったが、こんなときにかぎって相手は話の長いタイプだった。サウナ室の設定温度は九〇度、杉場さんは熱した石にじゃんじゃん水を浴びせて水蒸気を発生させ、そのたびに熱伝導率が高まるのか、釜
「年々規模を増して、集客も高まったが、そうなるとトラブルも増える。飲酒によるトラブルや強盗、暴行に傷害、交通事故、違法薬物、サンバはそのすべての元凶と見なされてね、あげくのはてにあのワールドカップの騒動だよ」
二〇〇二年、日韓で共同開催されたサッカーのワールドカップでブラジルが優勝すると、大泉町の日系ブラジル人は歓喜を爆発させて町の幹線道路に集結し、どんちゃん騒ぎで勝利の行進を始めた。酒瓶の割れた破片をまきちらし、駐車されていた車の屋根に飛び乗って、国道は封鎖されて機動隊が出動する騒ぎになった。これが極めつきのネガティヴ・キャンペーンとなって、ブラジル人のお祭り気質に対する地元民の反感はふくれあがった。右肩下がりで景気は衰退していて、後援企業も次々と撤退していたのもあって、この年でサンバ・カーニバルの中止が決まってしまった。
「だけど大泉町からサンバを奪ったら、売りになるものはそんなにないから」
「商工会で、サンバ復活のために観光協会を立ち上げたんですよね」
ロドリゴとマルコは、滝のような汗を流しながら平然としている。城之内もけろっとしていた。苦しんでいるのはぼくだけか、ガフは乾ききった喉をひきつらせる。
「町役場が先頭に立ってブラジル色を出すと、住民のアレルギー感情をあおるし、警察だって良い顔はしない。そこで行政とは別の組織を作ろうということになった。そのアドバイザーとして
風祭喜久子。
ようやくその名前が出てきてくれた。
が、それどころではない。炎熱地獄に苦しむガフは命の危機を感じている。
「かざ、風祭さんがこの町でも、大きな貢献を……」
青息吐息であえぎつつ、うまく相槌も返せなかった。
観光協会が発足されると、風祭喜久子はこの町の日系ブラジル人女性を中心としたサンバ・エスコーラを立ち上げるように進言し、よその自治体などから要請があればエスコーラを派遣する巡業スタイルを整えた。さらに町でのカーニバルで最大の難題だった警備面をクリアするために、本式のパレードから舞台上で踊る形式に変えて、マクレレやアフロダンスといったサンバ以外のダンスの発表の場にもして、広範にわたったブラジル文化を紹介する催し物にするように提案したのも喜久子さんだった。
たしかに親善大使めいている。これらの改革が効を奏して、再開された大泉町のカルナヴァルは観光客を呼び戻し、毎年順調に回を重ねて、大泉町に欠かすことのできない名物行事の座を奪還するにいたっていた。
サウナ上がりに、休憩所でコーヒー牛乳を飲みながら城之内は言った。
「浅草でも大泉町でも、風祭さんがそこかしこで多大な貢献をしてきたのはわかった」
「はじめから、ここでお話しするはどうしてだめですか……」
「はっはっは、汗をかけよガフール・ジュノルベク」
「ジョンノチさんはなんでへっちゃらですか」
「
▶#11-4へつづく
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