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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.45

【連載小説】人捜しをしている日系ブラジル人の一家の、本当の目的とは。そしてサンバ・カーニバルの行方は…。真藤順丈「ビヘイビア」#12-2

真藤順丈「ビヘイビア」

※本記事は連載小説です。
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 矢継ぎ早にガフが質問を浴びせる。ブルーナは笑みを引きおろし、こころなしか表情を曇らせて、張りつめた端的な言葉で答えている。
「わからないこと、初めからずっとわからないことがあります。始まりは風祭喜久子の代理の人からかかってきた電話でした。〈喜久子さんがリベルダージの、オリヴェイラ家の本場のカルナヴァルを観たがっている〉と、電話の相手は言いましたね」
「……あれはたしか、男の声だったと言ってなかったか」
「声を聞いたのは、カレンだけです」
「カレンが、噓を?」
「男でも女でもあんまり関係ありません。話す内容を文章にして電話の前でだれかに読んでもらえばいいから。それよりも初めから不思議だったのは、一回こっきりの匿名の電話だけで、リベルダージの協会に予算を出してもらって、おちゃんからたちまでオリヴェイラ家のまるごとで日本にやってきたことです。ベアトリスお母さんとカレン、この二人だけだってよさそうなのに。観光がてらということですが、? 〈風祭喜久子〉の名前がスペシャルだからというのはわかりますが、それにしても行きすぎている気もします。他にもぼくたちの聞いてないやりとりとか、秘密の取引とか、出発にいたるまでには細かなお膳立てもあったと思います」
 急に始まった。ガフは急に始めるのだ。関係者を集めてドン、といった推理小説風の予定調和はこのウズベキスタン人には無縁だった。思いがまとまったら、必要とあったら、居合わせているのはほとんど行きずりの相手でも、へんなラブホテルの一室であっても思索の紐解きを始めるのだ。裸の推論をひとつひとつ取りだして、熱に浮かされたように城之内たちの前に並べていく。
「今回のオリヴェイラ家の来日はけっこう前から、細かいところまで計画されたことだったと思います。その中心にいたのは……」
「カレン・オリヴェイラ?」
「カレンもそうかもしれない。だけど日本の側にもそういう人は必要じゃないですか。それはブルーナさん、あなたでしたか」
 強ばった表情のままでブルーナは答えない。この場合の沈黙は、尻ごみぎみの肯定に当たらないか。真相のへんりんをつかんだようだが、ガフはどうしてそんなことを会ってから今にいたる短い時間で看破することができたのか?
「あなたは隠すつもりない。そうですね」
「はい。それはそうです」
 ブルーナが口を開いた。あ、認めた、犯行を認めたと城之内は息を吞んだが、殺しだの密輸だのといった重大犯罪を追っているわけでもなかった。
「すくなくともカレンがこっちに来てからずっとしているのは、風祭さん捜しをぼくたちに丸投げして、サンバの練習ばっかりです。喜久子さんにお披露目できるようにと言っているけど、こっちでサンバをするのが本当の目的だったとしたら」
「つまり家族を巻きこんで、こっちに滞在する予算を出させるために、誰もが知っているとびきりの〈信頼できる日本人ジヤポネス・ガランチード〉の名前を使ったってことか」
「それもそうだし、きっとそれだけでもない。こっちでのサンバに執着するのは、日本に進出する野心ということもない。だってリベルダージで彼女たちは地位も名声も得られていたわけだから。そこできれいに完結できちゃっているわけだから。だったらなんで? それはこうだと思います。カルナヴァルに出るのはやっぱり誰かに観せるため。もしくは観たがっている誰かの願いに応えるためじゃないですか」
「それが、風祭喜久子じゃないのか」
「ジョンノチさん、そこが違ったとしたら」
「違うのか」
「風祭喜久子さんは実在の人だけど、さすがにずっと昔の人すぎて、カレンの世代が強く思い入れるのは変と思いませんか。大泉町から浜松に来るまでは、喜久子さんの外れた空白に誰を代わりに入れられるのかわからなかった。だけどここまで来てなんとなくわかった。ブルーナさん、あなたは風祭さんもオリヴェイラ家のことも知っている。それから、このシェルターで出逢ったべつのブラジル人のことも──」
 ぼくたちはたくさん逢ってきたよ、とガフは言った。家族のために出稼ぎにやってきてしかし派遣切りや雇い止めの憂き目にさらされ、住まいをなくして路頭に迷っているブラジル人たちと。遠い異国の目もくらむような過酷な環境で、骨のずいまでなまりのような疲れと失望が沁みこみ、癒えない眩暈めまいにもうずっと脳を揺らされている人たちと。風祭喜久子という共有できる人物がいたことで、ブルーナはその誰かと親しくなり、恩人の喜久子さんのためというよりも、しんさんめるその人の願いを叶えるために一計を案じた。もしくはブラジル側の主謀者の計画に乗っかることにした。
 地球をちょうど半周して、国際電話の音が響きわたる。
 そのとき、城之内たちの聞かされていない真の計略が、すくなくとも二人以上のあいだで交わされていたはずだとガフは言う。
 気がつくと部屋の照明がずいぶん落ちていて、薄暗さのなかにガフが放出する熱が充満していた。ブルーナが窓を開け放つと、奇妙な向きで光が入ってきて、山並みと高速道路を見渡すことができた。空は灰色だがほのかに青みを帯びていて、せいどんのいずれとも判断がつきづらい。どうにも心を映しこめなかった。荒天を除いたあらゆる空の色を均等に混ぜてまんべんなく塗りつけたようだった。この風景の東の彼方で、カレンはいまもノ・ペを踏んでいるのだろうかと城之内は思った。
「あなたは、カルロス・フェレイラのことも知っているんじゃないですか」
 ガフがそこでブルーナに向けたのは、もう何年も前に家族を捨てたというカレンの父親の名前だった。

       §

 浅草ではそのころ、サンバ・カーニバルの開催中止を求める運動が巻き起こっていた。
 ブラジル移民の二世が運転する車に主婦がねられた事件の余波だった。おなじみのヘイトスピーカーがわらわらと街頭デモにおよび、容疑者個人と国や人種はまったく別物だという主張は、被害者遺族の感情をさかでるものとしてしりぞけられる。ネットではバッシングの嵐が吹きすさび、排斥寄りのシュプレヒコールを、国会議員が、ワイドショーのコメンテーターがSNSに再掲し、わが国の治安を乱す外国人たちの処遇については法案の見直しが必要である、時勢にかんがみてが過剰に集まるフェスティバルも自粛すべきだと犬笛を吹き鳴らしていた。
 浅草全体がカーニバルで見込める経済効果も度外視して、排斥主義者たちはカーニバルに出資するスポンサー企業や地元商工会に〈電凸〉を仕掛ける。さらに折悪くコスタリカから観光で来ていた外国人が、慣れないレンタカーで一方通行を逆走してしまい、これを停車させた交通取り締まりの警官は、ブラジル人とも外見の変わらない違反者を二時間にわたって路上に縛りつけた。取り囲みはじめた野次馬には、右派のなかでもたちの悪い、軍服まがいの特攻服を着こんだがっちりムキムキの排斥主義者が混ざっていた。
 城之内やガフも居合わせたことがある一時期のヘイト街宣から急速に台頭し、同調者を増やしているウルトラ・ナショナリストたちだった。彼らはなにごとかをせんどうする。治安を悪化させる移民はこの国から出ていけ、さっさと故郷に帰れ、出ていかないならこの世からマッサツ! と知性を欠いたアジテーションをふるったが、確実にその場を混乱に陥れる。囲まれたコスタリカ人を恐怖させ、警察の包囲をかいくぐって逃走を図らせる。これをきっかけとして路上は騒乱のちまたと化した。排斥主義者たちは逃げまどうコスタリカ人をでんぼういん通り、かみなりもん通り、なか商店街からホッピー通り、浅草花やしきのほうまで追いまわし、投げられた石が無関係の通行人に直撃して、これがあらぬ飛語となって、移民どもがまた日本人を殺した! と歪曲された事実として伝わる。が飛びかい、つぎつぎと意味のない負傷者が出る。しっちゃかめっちゃかに暴力や破壊がせきを切り、路上に出ていた看板が蹴り割られ、ホッピーの瓶が飛び、通報で駆けつけた警察が騒乱をますます活気づけてしまう。外国人の経営する飲食店の窓が割られ、むごたらしい傷害事件がそこかしこで起きた。あくる日のメディアには、この日の騒乱を〈浅草クリスタルナハト〉と仰々しく書きつけた記事も躍った。こうなると地元の萎縮効果たるや絶大で、参加を予定していたエスコーラからも、ツアーによる観覧希望の団体客からもキャンセルの連絡があいつぎ、今年は開催を見合わせるべきではないか、あるいはできるかぎり規模縮小して〈無観客〉などの例外的措置で催すべきではないかと実行委員会は検討しはじめていた。
「ありえない、誰も見てないなんて、カルナヴァルの意味がないじゃん!」
 事件当夜の様子は、カレン・オリヴェイラもその目で見守っていた。ヒステリックに叫喚する市街のただなかを、かれたようにさまよっていた。この世界の騒々しさがいよいよ耐えがたかった。年に一度の祝祭にまで政治的なヘイトを仮託するなんて馬鹿げている。あたしは観客を魅了するために、その目にカルナヴァルを焼きつけるために地球の裏にまでやってきたのに。その日その時にそなえて、ずっと準備をしてきたのに──
「おかしいでしょ、ガフ? どうしてくれるんだ、ジョーノウチ!」
 浅草に戻ってきた二人にカレンは嚙みついた。こちらで彼女がやってきたことはたゆむことのないトレーニングと、練習場クアドラを乗っ取ること、あちこちでパシスタ同士の一騎打ちめいたものを吹っかけて、エスコーラ・オリヴェイラに動員する踊り手をかき集めること──すべてはこの国でカルナヴァルに出場するための、もはや隠しだてすらしようとしていないおおっぴらな画策だった。
「キクコさんの故郷の国とは思えない。信頼できる日本人ジヤポネス・ガランチードの精神はどこ行ったわけ」
「踊るに踊れない国なんてねえ」
 と、母のベアトリスも娘に賛同する。
「ただ、住みづらいだけね」
「で、キクコさんは見つかったの」
 おやにそろって睨まれて、ガフはたじたじになった。
「それが、まだ……」
 すかさず城之内が助け舟を出してくれた。
「あれは見つかるたぐいの人じゃない、あの人がいなくちゃ踊る意味もないんじゃ?」
「踊る、それでも。だってパシスタだから」
 いささかも迷わずに、カレンは言い放っていた。
「あたしはノ・ペで、うるさいやつらを迎え撃つ」

▶#12-3へつづく
◎第 12 回全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!


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