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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.43

【連載小説】ついに猛を見付けた一行。しかし一番の功労者の有里は……。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#11-3

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

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「猛! ──猛!」
 救急車から降ろされて来た弟へ、充代が涙声で呼びかけた。「姉さんよ、分る?」
 看護師が押して行くストレッチャーに寄り添って、充代は猛の手を握っていた。
 猛はぼんやりと目を開けて、
「姉さんか……」
 と、かすれた声で言った。「ここは……」
「ここは病院よ。もう大丈夫だからね!」
「うん……」
 看護師が充代へ、
「終わったらお呼びしますので、こちらでお待ち下さい」
 と言った。
「よろしくお願いします」
 と、充代は深々と頭を下げた。
 すると、猛が小さな声で、しかしはっきりと、
「ごめんよ」
 と言ったのである。
 充代は何とも言えずに、ストレッチャーを見送っていた。
「──大丈夫でしょう」
 という声がした。
「村上さん! ありがとうございました!」
「そうひどいけがもしていないようだし。若いからね」
「もう、これにこりて、馬鹿なことはしないと思いますけど、もし何かまたやらかしたら、私がぶん殴ってやります」
 充代は息をついて、「本当に、村上さんのおかげで──」
「いや、正しくは有里君のおかげだよ」
 と、村上は状況を説明した。「あの子は大した子だ。あの子がかすかな音を聞き取っていなかったら、猛君に気付かずに立ち去ってしまったよ」
「お礼を言いたいけど……。ご一緒じゃなかったんですか?」
「家へ帰ったよ。お母さんがすっかり怒ってるんでね」
 と、村上は苦笑した。「僕が叱られに行くことになるだろう。そのとき、一緒に」
「はい。声をかけて下さい」
 ──村上があの半分壊れたビルの地下室をライトで照らしたとき、光の届く範囲は狭くて、何も分らなかった。
 しかし、荒い息づかいと、かすかなうめき声が村上にも聞こえたので、至急消防へ連絡して、救出の専門チームを呼んだのだった。
 しかし、隙間を人が出入りできる広さにするのは容易でなく、結局、隊員がロープで下りて、猛を発見、吊り上げて救急車に乗せたのは深夜になっていた。
「ともかく良かった」
 と、村上は言った。「話ができるようになったら、連絡してくれないか。宗方のグループには、他にもメンバーがいるはずだ」
「分りました」
 充代はしっかりと肯いた。
 ──村上は病院を出たところで、あまもと家に電話を入れた。
 電話に出たのはふみで、
「有里はもう休んでいます」
 と、事務的な口調で言った。「ケータイにかけることはご遠慮下さい」
「よく分っています。ただ、救出した太田猛のことをお知らせしておこうと思いまして」
「私から伝えます」
 と、文乃が言うと、
「ちょっと」
 と、さちの声がして、「村上さんでしょ? あの人に当っても仕方ないわよ」
 そして、電話を代ると、
「村上さん? 幸代です」
「どうも。また有里君を色々と危い目にあわせてしまって、申し訳ありません」
「あの子が自分で行ったんですもの。あなたが謝らなくても。でも、あの子も、もうすぐ学校が始まりますのでね」
「よく分っています。救出した太田猛はしばらく入院ですが、回復するでしょう。そう有里君にお伝え下さい。有里君が彼を救ったんです」
「そう伝えます」
 と、幸代は言った。「薬物が絡んでいるとか? 用心した方がいいですね。ああいうものは大金をうみますから、係ってる人間も多いでしょう」
「その通りです」
「その太田猛という子はどれくらい係っていたんですか? 深く知っていたら、まだ身の危険があるかもしれませんよ」
「なるほど」
 村上はハッとした。猛の口をふさごうとするのは、宗方ばかりではないかもしれない。
「おっしゃる通りです。薬物担当の者と相談して、病院に誰か警護の人間を付けようと思います」
「そうしていただけると、私も安心です。──妙ですね、絵描きの私が、そんなことで安心するなんて」
 と、幸代は笑って言った……。

▶#11-4へつづく
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「小説 野性時代」第209号 2021年4月号


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