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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.44

【連載小説】ついに意識が戻った久子。彼女が言った言葉に宮里は驚いて――。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#11-4

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 うつらうつらしていた。
 椅子にかけていたので、体が少しずつ傾いて、危うく椅子ごと引っくり返りそうになった。
「ワッ!」
 と、思わず声を上げ、みやざとはあわてて座り直した。
 クスクスと笑う声がする。
 宮里は、ベッドのひさがこっちを見て笑っているのを見ると、
「久子……。目が覚めたのか」
 と言った。
「少し前からね」
 と、久子は言った。「いつ椅子から落ちるかと思って、気が気じゃなかったわ」
 かすれた、弱々しい声だったが、言葉はちゃんと聞き取れたし、青白い顔に浮んだ笑いは、宮里の目にしみるようだった。
「久子。──手術は成功だったぞ。以前のように、元気になれる」
 宮里は妻の手を取った。
「あなた……。ずっとそこにいたの?」
「もちろんだ」
「じゃあ……せめて、ひげをそって来て。誰の顔かと思っちゃうわ」
「分った」
 宮里は泣き笑いの顔になって、「じゃ、売店でカミソリを買って来るよ」
「ええ。すっきりした顔でね」
 宮里は涙を拭くと、急いで病室を出た。
 二十分ほどして、トイレの洗面台でひげをそった宮里は、妻のベッドのそばへと戻った。
「──どうだ? 二枚目になったろ?」
「まあまあね」
 と、久子は言った。「あなた。──私が入院したせいで、辛い思いをしたでしょ。ごめんなさい」
「何のことだ?」
「いやな仕事を引き受けてたのね。お金のために」
「久子……」
「知ってたわ、あなたの仕事」
 宮里はびっくりして、
「どうして、お前……」
「週刊誌のグラビアに、そういうビデオの紹介が載ってて、あなたの写真が。──わざわざ持って来て、『あんたの旦那だろ』って、見せてくれた人がいたのよ。他の患者さんのご主人でね」
「そんな奴が……。いや、言えばお前が気にすると思ってな。──まあ、ストレスにはなったが、仕事は仕事だと割り切ってた。しかし、もうやめることにしたんだ。お前と一緒に、俺も出直す」
「ええ。そうしてちょうだい。私がそんなことを言うのは身勝手かもしれないけど」
「久子……」
「それと……あなたが親しくしていた女の方のことも。あなたの面倒をみてくれていたのね。お礼を言わなきゃいけないでしょうけど……」
「気付いていただろうとは思ったよ。──もう、彼女とは別れることにしたんだ」
「あなた……。その人に、伝えて。私が本当に感謝してるって……」
 宮里は、久子の手をやさしく包むように握った。

「もしもし」
「まだ寝てたかな?」
 と、村上が言った。
「まさか! もう十時だよ」
 と、有里は言った。「ひと晩寝れば、疲れは消える」
「やっぱり十七だね」
 と、村上は笑って言った。
「どこからかけてるの? ざわついてるね、周りが」
「S駅の中だ。例のコインロッカーの鍵、この駅のだと分った」
「え? じゃ、中に何が入ってるか──」
「これから開けてみるんだよ」
「私も行きたい!」
 と、有里は声を上げた。
「もう君を連れ出すわけにいかないよ」
「お母さんから言われた? でも……」
「ちゃんと報告するから、我慢してくれ」
「悔しいなあ! ね、私、ずいぶん村上さんに協力したよね」
「ああ、もちろん」
「だったら、三十分ぐらい待っててよ! ちゃんと最後まで見届けたい」
「君の気持は分るけど……」
「お母さんにはちゃんと言うから。お願い! ロッカーを開けるの、私が行くまで待ってて!」
 村上はため息をつくと、
「また僕が叱られるんだぜ」
「大丈夫。おちゃんは村上さんを気に入ってるもの」
 ケータイで話しながら、有里は早くも出かける仕度を始めていた。

「──分った。じゃあ待ってるよ」
 と言って、村上は通話を切った。
 有里を巻き込んではいけない、と思いつつ、はつらつとした少女の明るさに触れていたいという気持も捨てられなかった。
「三十分か……」
 コインロッカーの前で、ぼんやり立っているわけにもいかない。
 村上は、コインロッカーが両側に並んだ通路を出ると、カウンターだけのコーヒーショップに入って、有里を待つことにした。
「カフェラテを」
 と、先に代金を払う。
 もちろん、ロッカーに何が入っているのか分らない。重要な手掛りになるような物が入っているかもしれないし、単にあの〈Kビデオ〉の誰かの私物かもしれない。
 しかし、少なくとも宗方が死んでしまった今、そのロッカーの中のものに、ドラッグのルートなどの手掛りが見付けられる可能性が残されている。
 ケータイにメールが来た。
〈今、家を出たよ!〉
 有里の目の輝きが目に見えるようだ。
 村上は思わず微笑んだ。

 何をしてるんだ……。
 その男は、のんびりコーヒーなど飲んでいる村上刑事を苛々と眺めていた。
 ──あのコインロッカーだということは分っていた。
 だが、何番のロッカーか分らないし、鍵も持っていない。
 あの刑事がロッカーを開けたら、そのときに、素早くやっつけよう。
 を奪われてなるものか。
 早くしろ! コーヒーなんか飲んで、何をのんびりしてるんだ!
 男はポケットの中でナイフを握りしめて、唇をなめた。

▶#12-1へつづく
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「小説 野性時代」第209号 2021年4月号


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