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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.45

【連載小説】事件のカギを握るコインロッカーがついに開かれる!  赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#12-1

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

前回のあらすじ

天本有里が出会った矢ノ内香は、父母を亡くし恩師・宮里を頼りに上京したところ、宮里がアパートでAVを撮影しているのを目撃、カバンに切断された指を入れられたという。AVの撮影現場から消えた少女・マナを追う村上刑事らは、事件の黒幕・宗方を追い込むが、宗方を死に追いやってしまう。村上は<Kビデオ>で見付けた鍵で駅のコインロッカーを開けようとするが、そばに中の荷物を狙う男の影があった。

16 黒いバッグ

「二十五分!」
 息を弾ませながら、はコーヒーショップから出て来たむらかみ刑事の前で足を止めた。
 村上としても笑うしかない。
「いや、若いってのはいいことだね」
「そんな年寄じみたこと言ってないで! 早くロッカーを開けようよ」
 と、有里はせかした。
「分った分った」
 と、村上は上着のポケットからコインロッカーの鍵を取り出して、「──そっちの、少し大きめの方のロッカーだ」
「何が入ってるのかな」
「さあね。しかし、ああして花びんの中に隠してたってことは……」
「うん、きっと何か大事なものだよ」
 有里がうなずいて言った。「私、開けてあげようか?」
「だめだよ。──開けるから、君は少し向うへ行ってて」
「どうして?」
「大丈夫だとは思うよ。しかし、何が入ってるか、見当がつかないんだ。もちろん、扉を開けたら爆発するってことはないだろうけど、一応、どんな危険があるか分らない。君にけがでもさせたら、僕は二度とお宅に伺えなくなるよ。だから──」
「はいはい」
 有里は苦笑して、「じゃ、一メートルだけ離れてあげる」
「だめだ。もっと」
「じゃ……三メートル。五メートル。もういいでしょ?」
「じゃ、そこにいるんだよ」
 と、村上は言って、少し身をかがめると、鍵を鍵穴に差し込んで回した。
 扉を手で引くと、中には──黒い布のバッグが入っていた。
 ともかく爆発はしなかった。
 村上はそのバッグをつかんで取り出した。丈夫な布地でできた、大きな袋だ。持ち手のベルトは手で持つところが革になっている。
 持ち上げると、かなりの重さだ。
「村上さん」
「そこにいて。中を確かめる」
 バッグを床に置いて、ファスナーをシュッと開けると、中を覗き込んだ。
 はサングラスをかけ、手をポケットに入れて待っていた。
 あれだ。──刑事が膝を折って、バッグの中を探ろうとする。
 男は駆け出した。
 有里はその男に背を向けて立っていたので、男が脇を駆け抜けていくまで気付かなかった。
 男は村上を横から突き飛ばした。村上が転倒する。
「村上さん!」
 と、有里は叫んだ。
 男がバッグをつかんで持ち去ろうとした。しかし、一方のベルトだけをつかんでいた。
 村上は、転びながらもう一つのベルトをつかんでいたのだ。
「待て!」
 村上が飛び起きると、男につかみかかる。
「畜生! 放せ!」
 男のサングラスが落ちた。村上は一瞬その男の顔に見入った。
「お前──あのコンビニの店員だな!」
 みやざとが撮影していたアパート──燃えてしまった〈めいふう荘〉の近くのコンビニのレジに立っていた男だと見分けた。
 顔を見られて、男は焦った。ポケットを探って、ナイフをつかむと、わけも分らず振り回そうと──。
 村上が、そのとき男の胸ぐらをつかんで、引き寄せた。男のナイフが、村上の腹に刺さった。
 数秒間の出来事に、有里は立ちすくんでいたが、村上がよろけて尻もちをつくのを見た。
「村上さん!」
 駆け寄って、有里は村上が左手で押えた腹部から血が溢れ出てくるのを見た。
 しかし、村上は右手でバッグの一方のベルトをつかんで離さなかった。
「よこせ! これがいるんだ!」
 男がわめいた。しかし、血で汚れたナイフを目にすると、
「何だよ! どうなってんだ!」
 と叫んで、バッグを置いて逃げ出した。
「村上さん! 血が──」
「有里君、危いぞ! 離れてろ! 刺されるぞ!」
 と、村上が有里を押しやろうとする。
「だめ! そんなこと──。救急車呼ぶから!」
 落ちつけ! 私はあまもと有里。天本さちの孫なのよ。
 取り乱すな!
 有里はケータイで救急車を呼んだ。そこへ、
「大丈夫?」
 と、駆けて来た女性がいる。
「すみません! 傷口を押えるもの──タオルとかありませんか」
 と、有里は言った。
「私、看護師だから。任せて。あなたは駅員を呼んで、医者を」
 しっかりした言葉に、有里は肯いて、
「分りました!」
 と言って立ち上った。
 誰かが呼んでくれたのか、駅員が駆けつけて来た。
「この人、刑事なんです! 刺されてます!」
「じゃ──そこの交番に知らせてくる」
「お願いします!」
「有里君」
 と、村上が言った。「バッグを。そのバッグを持っててくれ」
「うん、分った。ごめんね、私が待ってろって言ったから──」
「そんなことはない。そのバッグ、たぶん中身は薬物だ」
「分った。私がしっかり持ってる」
「あいつは……コンビニのレジの男だ。あのプロダクションの場所を訊きに行った……」
「すぐ救急車が来るから。動かないで。じっとして……」
 有里は涙が溢れて来た。「村上さん! 死なないでね!」
「大丈夫だ。死ぬもんか……」
 と、村上は肯いて見せた。「また……お母さんに叱られるな……」

▶#12-2へつづく
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「小説 野性時代」第210号 2021年5月号


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