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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.46

【連載小説】ケガを負った村上刑事の命運は!?  赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#12-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

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 エレベーターの扉が開いて、幸代とふみが降りて来た。
 廊下の長椅子にかけていた有里は立ち上って、でも手を振るわけにもいかなかった。
 二人は足早にやって来ると、
「どうなの?」
 と、幸代が言った。
「今、手術が……」
 と、有里が言いかけて、涙を吞み込んだ。
「そんなにひどいの?」
 と、文乃が意外そうに、「電話じゃ、そう大した傷でもないみたいで……」
「そう思ってたんだけど」
 と、有里は言った。「救急車の中じゃ、冗談言ったりしてたんだよ」
「でも、精一杯やって下さってるわよ」
 と、幸代が言った。
 救急車がやって来る前に、有里は幸代へ電話して、K大病院のうちやま医師に連絡してもらったのだった。
 救急車が病院に着いたときには、受け入れ態勢が整っていて、村上は即座に手術室へ運ばれて行った。有里は少しホッとして、持って来た黒いバッグを、村上の同僚に取りに来てもらった。
「犯人の身許は分ったの?」
 と、幸代が訊いた。
「さっき連絡があった。コンビニの店員だったなべって男だって。あのアパートの近くだったんで、〈Kビデオ〉とつながりができてたんじゃないかって……」
「村上さんから、バッグを奪おうとしたとか……」
「うん。村上さん、刺されても手を離さなかった。私、立って見てるだけだった……」
「当り前よ」
 と、文乃が言った。「あんただってけがしてたかもしれない」
「でも……村上さん……」
「出血がひどいの?」
「それもあるし、ナイフが内臓を傷つけてるかもしれないって。──内山先生が、『手は尽くすから』って、深刻な顔で言ってた」
 そう言うだけで、有里は胸が一杯になってしまった。
「悪いことばかり考えないの」
 と、幸代は有里の肩を抱いて、「私の絵のファンはね、生命力が強いの」
「うん……」
 有里は涙を拭った。
「何も食べてないんでしょ? 文乃、売店でサンドイッチでも買って来て」
「分ったわ」
 食欲はなかったが、祖母の気持はよく分った。
 再び長椅子にかけると、
「そうだ。救急車が来るまで、たまたま近くに居合せた看護師さんがついててくれたの。服に血が付いてたりして。──名前、訊こうとしたけど、教えてくれなかった。『いいから行って』って、私を救急車に乗せて」
「そうだったの。──調べて分るかしらね。でも、一応当ってみましょ。分ればちゃんとお礼しないと」
「うん。私もそう思って……」
 有里は顔を伏せて、「──私のせいかも」
 と言った。
「何が?」
「私が……行くまでコインロッカー開けるの待って、って頼んだから」
「でも、その男──田辺だった? あなたが行く前から待ってたんでしょ。同じことよ。気持は分るけど、自分を責めないで」
 幸代が有里の手をやさしく握った。「そういえば、村上さん、連絡する家の方はいないのかしら?」
「私、聞いてないけど……。さっき、バッグ取りに来た刑事さんに訊いてみれば良かった」
「今はいいわよ。後でね」
 と、幸代が肯いて見せる。
「おちゃん、私……村上さんのことが好きなの。おかしいかな、私みたいな高校生が」
 幸代はちょっと微笑んで、
「おかしくても、好きなものは好きでしょ。でも、今は思い詰めないで。村上さんは私たち一家の大事なお友達。それで充分でしょ」
「うん……」
 少し不服ではあったが、今は何も言わないことにした。
 文乃が紙袋を手に戻って来た。
「カツサンドしかなかった。カフェオレでいい?」
「うん、後で食べる」
 文乃も無理は言わずに、少し離れて腰をおろした。
 すると、幸代が、
「あら」
 と、エレベーターの方へ目をやって言った。
 エレベーターを降りてやって来たのは、うちかおりだったのだ。
 ちょっと不安そうに左右を見回していたが、幸代が、
「香さん」
 と呼ぶと、ホッとした様子で有里たちの方へやって来た。
「どうしたの、香さん?」
「すみません、勝手に。あの──村上さんがけがをされたというお話だったので」
 と、香は言った。「お留守番してるつもりだったんですけど、考え出したら心配になって。あの〈Kビデオ〉で、襲われそうになったのを、村上さんが助けて下さって……」
「ああ、そうだったわね」
 と、有里が肯いた。
「一人でここまで来たの? 大変だったでしょう」
 と、幸代が言った。
「でも、人に訊いて、何とか……。この病院に入ってから迷子になりそうでした」
「じゃ、座って。まだ手術中よ」
「はい。──大丈夫でしょうか、村上さん」
「何とも言えないって」
 と、有里が言った。
「まあ……。あんなにやさしくていい方が。──私、家の火事のことで、警察の人に取り調べられたんですけど、凄く怖くて……。私が家に火をつけたと決めつけて、怒鳴るんです。私、泣き出してしまって……。ですから、村上さんと会って、刑事さんにも、こんなにやさしい人がいるんだって……」
 心細げな香が村上に「頼りになる男性」を見ていることは、有里にも分った。
「そうよね……。あんな人、刑事でなくたって、めったにいない」
 と、有里は言った。「私も何度も村上さんに心配かけて来たわ。私の方が心配するのは初めてかもしれない……」
「何があったんですか?」
 と、香が訊いた。
「そういえば──香さん、あのアパートの近くのコンビニに寄ってたのよね」
「ええ、初めてあのアパートに行ったときにも……」
 そのコンビニのレジの男に、村上は刺されたのだと有里が教えてやると、香はびっくりして、
「憶えてます。──そんなことに手を出してたんですか」
「村上さんも、ちょっと会っただけだけど、さすがに刑事ね。ひと目で気が付いた。──もう手配されてるから、きっと捕まるでしょう。それに、あのバッグの中身を持って行けなかったわけだから、悪い仲間にも守ってもらえないでしょうしね」
「うんとひどい目にあえばいいんだわ!」
 香がいきなり強い口調で言ったので、有里はちょっとびっくりした。
 そして二人は何となく顔を見合せて微笑んだ……。
「有里──」
 と、幸代が有里の腕をつついた。
「内山先生……」
 内山医師が、足早にやって来たのだ。
 有里は体が震え出すのを、何とか抑えて、両手をギュッと痛いほどの勢いで握り合わせた。
「内山さん──」
 幸代が立ち上って、「お世話になって」
 と言った。
「いや、危なかった」
 内山は息をついて、「大量に輸血して、大変でしたが、あの刑事さん、心臓がとても丈夫そうですな。危いところは脱しました」
 有里は座ったまま、フッと体の力が抜けた。
「ありがとうございました」
 と、幸代が言った。「内山さんには何度もお手数かけて」
「天本幸代さんのお役に立てるのなら、苦労とは思いませんよ」
 と言って、内山は晴れやかに笑った。
 有里は、やっと事態を吞み込んで、安堵すると同時に涙が出そうになったが──。
 そのとき、香がハンカチで顔を押えて、声を上げて泣き出したのである。
「あ……。大丈夫?」
 有里は、香に先を越されてしまったので、何だか今から泣き出すこともできなくなって……。
「もう大丈夫だってことだから。──ね、泣かないで」
 と、香の肩を叩いた。
 私の方が年下なのに! どうしてこうなっちゃうの?
 有里は結局、中途半端にグスグスとをすするだけで、泣いているのか鼻風邪をひいているのか分らなくなってしまった……。

▶#12-3へつづく
◎第 12 回全文は「小説 野性時代」第210号 2021年5月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第210号 2021年5月号


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