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クライマックスで発露する 死への誘惑を断ち切るロジック── 北沢 陶『をんごく』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
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『をんごく』北沢 陶(KADOKAWA)

評者:吉田大助



第四三回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈読者賞〉〈カクヨム賞〉をトリプル受賞した北沢陶のデビュー作は、知られざる言葉に光を当てる。「をんごく」──その意味するところとは。
舞台は大正末期、俗に秀吉が築き、徳川が育んだ商都と呼ばれる大阪・船場。呉服屋の長男である古瀬壮一郎は、挿絵画家として糊口を凌いでいた。「そろそろな、わしもあんさんの面倒を見んとな、行んでもた先代にも悪いこってすし」。店を継いだ義兄のあっせんで見合いをすることになった相手は、幼少期に出会い「よう泣く子」という印象を抱いていた倭子だ。あっという間に恋に落ち東京で新婚生活を営んでいたものの、関東大震災による被害で、倭子は左足に大怪我を負う。故郷に戻ったところで、彼女は死んだ。
それからひと月、壮一郎が霊を降ろすという四天王寺の巫女の元を訪れる場面から、物語は幕を開ける。〈──握っとくなはれ。奥さんが来はりますさかい〉。躊躇いながら差し出された巫女の右手を握る。〈覚悟の決まらないまま、そっと握ると、かさかさとしているように見えた掌は思いのほかしっとりとしており、倭子の手を思い起こさせた。/倭子が生きていた時分にときおりそうしたように、指先だけ動かして掌を撫で、それから少し力を込めて握ると、相手も応じるように握り返してきた。その、指の肉だけで圧してくるような、遠慮がちな握り方には確かに覚えがあった〉。
死者であるはずの存在が、目の前にいる。目の前にいる存在は、自分が愛した人である。主人公にその確信を抱かせるために、無数の選択肢の中から作者は手を選んだ。作者はいろいろな手を握ってきた人なのだろう。手を通して、相手から自分への愛を感じ、それを自分からも伝えてきた人なのだろう。一連の文章から、人間を描ける人である、という作者への信頼が得られたことは、のちに続く奇想天外な出来事やビジョンを読者が追いかけるうえで重要なポイントとなった。
「気をつけなはれな」「奥さんな、行んではらへんかもしれへん。なんや普通の霊と違てはる」。巫女のこぼした不吉な言葉通りの存在が、最初の場面は声と手の感触だけ、次は顔、最後に全身……と、時間をかけて現実化していくプロセスは紛れもなくホラーだ。今起きていることは一人の死者の蘇りではなく、何らかの大きな禍々しい現象を伴っているという予感が、もしかしたら、たぶん、いや間違いない、と徐々に高まっていく。
怪談の名手としても知られる小説家の京極夏彦は〈怖いという感情は、これから先、悪いことが起こるかもしれないという「予感」なんです〉と語っている(『京極夏彦講演集 「おばけ」と「ことば」のあやしいはなし』)。つまり、予感が実現したあかつきには、怖さが消える。ホラーであり続けるためにはできるだけ予感を引っ張るのが常道となるが、『をんごく』は凶悪にして荘厳な予感を実現させるのと同時に、登場人物のセリフを借りれば「何かがおかしい」という新たな予感を発生させる。それが膨らみ、実現し、さらなる予感が膨らみ……と、ホラーの感触が持続し続けるのだ。壮一郎が、生者のふりをした死者を喰う異形の青年・エリマキ──その容姿は「見るひとの心にいちばん深く根付いているものの姿に見える」──とバディを組んで挑む謎解きも絶品だった。
何よりグッときたのはクライマックスで発露する、死への誘惑を断ち切るロジックだ。愛するという行為は、生者にしかできない。死者を愛するためにも、人は生きていかねばらないのだ、と。ホラーとミステリ、テーマと文体。全てが絡み合った、最高のラブストーリーと評したい。ところで、冒頭で示した「をんごく」の意味するところだが……それは読んでみてのお楽しみ、で。

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(本記事は「小説 野性時代 2024年2月号」に掲載された内容を転載したものです)


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