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水平方向から垂直方向に変化した密閉空間の中で 悲観主義の弱さではなく、強さが輝く ──伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』【評者:吉田大助】

物語は。

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『777  トリプルセブン』伊坂幸太郎(KADOKAWA)

評者:吉田大助



昨年九月、伊坂幸太郎の「殺し屋シリーズ」第2作に当たる長編『マリアビートル』が、「ブレット・トレイン」というタイトルでハリウッド映画化された。この映画の大成功が、作家を最新作の執筆に向かわせたことは間違いないだろう。「殺し屋シリーズ」第4作となる『777 トリプルセブン』は、一作ごとにガラッと内容を変えてきたこれまでのシリーズ作品とは方向性が異なる。『マリアビートル』の登場人物や物語のルールを意識的に受け継ぎ、新たな作品世界を構築している。
『マリアビートル』では殺し屋たちが東京発盛岡行きの新幹線に乗り合わせていたが、『777 トリプルセブン』の舞台は東京にある20階建てのラグジュアリーなホテルだ。
自他共に認める超絶不運な殺し屋・七尾(コードネームは天道虫)は、新幹線内に死体の山が積み上がった『マリアビートル』の時と同様、エージェントの真莉亜から「簡単」かつ「安全」と太鼓判を押された仕事に向かう。高級ホテルの最上階の一室に滞在する男に、その男の娘からの誕生日プレゼントを届ける。ただそれだけのはずが、なぜか目の前に死体が現れる。次いで、ホテルから出たいのにどうしても出られない事態が勃発する。
運行中の新幹線から、営業中の高層ホテルへ。水平方向から垂直方向に変化した密閉空間の中へ、個性豊かな殺し屋たちや、彼らに狙われるターゲットたちが詰め込まれている。そこに巻き込まれた七尾は、一階付近まで降りてきても、不憫なことにまたしても上の階まで戻ってこなければならず、まさに「上を下への大騒ぎ」だ。本来の七尾は凄腕の殺し屋であるものの、エレベーターの「閉」ボタンの連打、という地味極まりないアクションばかりが目立つ点もくすぐり笑いが止まらない。〈左と右の扉は、再会の感動をスローモーションで味わうかの如く、ゆっくりと近づくように見えた〉から、〈左右の扉は、ようやく再会したにもかかわらず、すぐに大喧嘩をし、同時に来た道を引き返した。そう思えるような、激しい開き方だ〉という一連の文章には、声を出して笑ってしまった。
七尾に不運が重なれば重なるほど、読み手の興奮が募る。この図式は『マリアビートル』由来のものだが、もう一つ受け継がれているのは、敵役の特性だ。『マリアビートル』においてラスボス的存在であった「王子」は、「僕はいつも幸運に恵まれているんだ」と豪語し、その言葉通りの展開を引き寄せていた。本作における敵役の「六人組」は、チーム内でこんな言葉がまかり通っている。「見た目が良くてほんとラッキー」。六人とも美男美女であることを笠に着て、人生イージーモードでやって来れたのだ。その恩恵を受ける場面が、物語序盤のキーとなっている。
幸運を味方につけた敵役に対し、不運に愛された七尾がどう立ち向かうか。実は『マリアビートル』では、七尾があずかり知らないところで、幸運VS不運の決着が付けられていた。本作では、七尾が自らの意思で、幸運を象徴する存在とタイマンを張っている。その時に七尾が取った選択は、不運を武器にすることだった。伊坂作品の主人公の代名詞と言えば、悲観主義だ。物事を過剰なほどネガティブに受け止め常時不安にさいなまれる、マイナス思考を結晶化させた存在が、七尾だ。しかし、七尾は自分が動けば必ず不運なことが起こると思えばこそ、幾通りもの最悪な状態をシミュレーションし、それに応じた準備を整えることができた。それが、雌雄を決する要となった。
悲観主義の弱さではなく、強さ。前作でも垣間見えていたものの潜在化していたテーマが、本作では大きく花開いている。伊坂作品を読み継ぎ、歴代の悲観主義者たちの悲鳴に共感してきた人ほど快哉を叫ぶに違いない。これぞ、集大成にして新境地。堪能しました。

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(本記事は「小説 野性時代 2023年11月号」に掲載された内容を転載したものです)


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