累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!
★シリーズ特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/isaka-kotaro/koroshiya/
〈殺し屋シリーズ〉書き下ろし最新作!
伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#1
二日前の別のホテル
「415号室でいいんだよね」モウフは前を歩くマクラに言った。彼女たちが着ているのは、ベージュのシャツに茶色のパンツ、ホテルビバルディ東京の客室清掃員用の制服だ。
バックヤードを歩く。前を行くマクラとついていくモウフの間には、シーツや枕カバーを詰めたワゴンがあった。
「そうそう、415。良い子、と覚えて」
モウフがマクラと知り合ったのは十年以上前、高校の女子バスケットボール部に入ったころのことだ。顔は見知っていたものの、同じ部だというのに話を交わしたこともなかった。というよりもモウフもマクラも、学校でほかの生徒と話すことなどほとんどなかった。
「結局、生まれた時から決まってるんだから、ずるい」と試合が終わった後、ベンチにも入れず遠くで観戦していたマクラがぼそっと
「確かにね」とモウフも同意した。「生まれながらのアドバンテージ、ずるいよね」
「顔が良くて、スタイルが良かったら、人生はスムーズに決まってる。学校も楽しくて仕方がないだろうし。スイスイ生きられる。ほんと嫌」
「いちがいには言えないかもしれないけど」
「言えるって。しかもそれって生まれた時に決まってるようなもんでしょ。遺伝子とかで。ずるくない? 特別、努力したわけじゃないんだよ。生まれたらそうなっていたわけで。わたしなんてさ、顔は平凡、身体は小さくて、スタイルも良くない。何か悪いことした? って言いたくなるよね」
モウフも外見的要素に関しては、マクラとほぼ共通していたものの、それまでは、「わたし、何か悪いことした?」と思うことはなかった。そうか、それくらいのことは言い返してもいいのか、とはっとさせられた。
「恵まれた人にはそれはそれで苦労がある、とか?」モウフがそう口にしたのは、マクラが何と言い返してくるかが知りたかったからだ。
「ないない」とマクラは手をぱたぱたと振った。「いや、そりゃあ苦労はあるだろうけど、じゃあわたしと入れ替わりましょうか? と言ったら、絶対断るよ。スイスイ人の苦労なんてたかが知れてるんだから」
身勝手な文句を口にしているだけではあったが、モウフは不快感を覚えなかった。マクラの口調が、誰かを恨む感情的なものではなく、苦情を申し立てつつも、「どうせ改善されないんでしょ」と達観するかのような淡々としたものだったからかもしれない。
「あとさ、わたし気づいたんだけど」
「何?」
「スイスイ人って、だいたい他人を巻き込むんだよね」
「スイスの人のことを言っているように聞こえるね」モウフは笑いそうになる。
「彼氏がいたほうが幸せ、とか、みんなでわいわいしようとか、一人じゃできないことばっかり。わたしは一人で家にこもっているだけでも楽しいんだけど、あっちはそれを、可哀想な生き方だと思ってる節がある」
「あっち」がどのあたりを指すのか分からない上に乱暴な決めつけだったが、モウフは、「確かにね」と答えた。
高校時代、それが最初の会話だった。
エレベーターが到着する。清掃スタッフが使用するためのものだ。マクラが先に入り、モウフも続いた。四階へ向かうボタンを押す。
「そういえば、
「乾が?」
「自分のところで働いていた人らしいけど。三十歳くらいの女の人だったかな。必死に捜してる」
(つづく)
作品紹介
777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日
そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!
やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。
そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!
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