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試し読み

物騒な奴らに気を付けて――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#2

累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!

★シリーズ特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/isaka-kotaro/koroshiya/



物騒な奴らに気を付けて――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#2

「お金でも持ち逃げされたとか」
「もっとやばいものらしいんだよね。でもまあ、乾が困っているのは気分いいけれど」マクラが笑う。
「一応わたしたちにとっては恩人」
「困っているわたしたちにつけこんで、こっちの世界に連れ込んだ悪い奴、とも言えるよ」
「同い年とはいえ、絶対、わたしたちとは真逆の存在なのは間違いないよね。あっちは高校時代、毎日をおうしちゃっていたタイプ。クラスの中心で、男子にも女子にも囲まれて、いい気になってたんじゃないかな。百パー、スイスイ人」
ふじわらのみちながみたいに、『世界は俺のものだなあ』とかうたっちゃいそう」
「それ歌詞にして、歌うバンドがあったら、ボーカルは絶対乾だね。同じ学校でも絶対交わらなかったと思う」
 乾は二枚目とまではいかないまでも、清潔感のあるさわやかな顔立ちをしており、背も高くすらっとした体型、口が達者で、コミュニケーション能力にけている。
「最初は、やけに親切な人だなと思ったけど」
「全部計算でしょ。知り合いが多くて、偉い人に可愛がられて、それも全部計算。結局、ああいうタイプが一番、得するんだよね。裏でこそこそ動いて、手柄を横取り。自分じゃ何にもやらない」
「全部人任せだもんね。何でも下請け任せ。昔、そう言ったら、『トイレの水を流すのは自分でやってるよ』とか言ってた」
「乾、政治家のためにいろんな仕事引き受けているんだよ。調べ物をしたり、スキャンダルのみ消しをしたり」
「しかも実際に汗流すのは、下請けでしょ。乾は調子よく請け負って、褒められる。もしかすると、その人捜しも政治家のためかも」
「今、手配書みたいなのあちこちに送っているみたい。この女を見つけたら、情報を送ってくれ、って。タクシー運転手とか配達業とか、わたしたちみたいな業者とか、あちこち。かみさん、だっけかな。その、捜されてる女の人ね。紙野何とかさん」
「見つかるのは時間の問題だよ。乾の人脈すごいから」
「で、見つかったら、ひどい目に遭っちゃうのかな」
「全身麻酔で、解剖されちゃう?」
 うげえ、と二人でげんなりした声を出す。「その噂、本当なのかな。人体解剖が趣味って」
「恐ろしいよ。離れて、正解だね、わたしたち」「いつだって正解」
 エレベーターが到着した。
 従業員用通路を通り、客室フロアに出た。廊下は薄暗く、間接照明による明るさが幻惑的にも思える。
 号室のプレートを確認後、センサーにカードをかざすと、解錠の音がした。なるべく音を出さないように気を配りながらドアを開き、マクラが素早く室内へと入る。
 ワゴンの後ろからモウフも続いた。
 男がソファに座り、テレビのほうを向いていた。相手が立っているほうが好都合だったが、こればかりは仕方がない。どちらにせよ大きな問題はない。
「失礼します」モウフは頭を下げる。高校のバスケットボール部で、先輩部員にあいさつをした時のことを思い出す。
 男がはっとし、腰を上げた。マクラとモウフの姿を見て、明らかに混乱していた。客室清掃員だと判断したかもしれないが、どうして勝手に部屋に入っているのか理解できていないのだ。
 ワゴンから真っ白のシーツを引っ張り出す。
「おい、部屋を間違えているぞ」
 男はベージュのスラックスを穿き、紺のシャツを着ていた。背が高く、体格がいい。
「噓でしょ」横に立つマクラが驚きの声を洩らした。「隙だらけなんだけど」
 動物は、自分より身体が大きい相手は警戒するが、その反対に、自分より小さい相手にはさほど恐怖は感じないものだ。人間もその性質は共通している。大きくて強そうな相手にはしたに出て、小さな相手は見下しがちなのだ。マクラとモウフは昔からよくそう分析し合っていた。「女の平均身長が、男より十センチ以上高かったら、いろいろ変わってるだろうね」とも言った。
 男が向かってくるのを見ながら、ほんと馬鹿みたい、見た目で侮った時点で勝ち負けは決まってるんだから、とモウフは思う。
 胸倉をつかんでくるか、もしくは脚でってくるかの二択、と想定しながら、シーツの片側をマクラに向かって投げた。
 あとはいつもの流れだ。シーツの両端を二人で持ったまま、男に近づく。広げながら迎え撃つように、頭部を含めた上半身を覆う。男はとっさのことに動けない。シーツの端をまたマクラに投げる。受け取ったマクラがすぐにまた端を放ってくるため、受け取る。繰り返しながら、即席でミイラにするかのように男をぐるぐる巻きにする。

(つづく)

作品紹介



777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日

そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!

やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。

そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000745/
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