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試し読み

奴らは淡々と“仕事”をこなす――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#3

累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!

★シリーズ特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/isaka-kotaro/koroshiya/



奴らは淡々と“仕事”をこなす――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#3

 巻き終わると男はバランスを崩し、床に倒れた。
 わめきながら少し暴れたが、モウフたちからすればそれほど困らない。シーツの上から首の部分にタオルを巻き、それから二人で少し力を込めると、けいこつが折れる音がする。
の原理に感謝」モウフはつぶやく。梃子の原理は、体格差や腕力差を一気に解消してくれる魔法だ。
 死んだ男の身体を、ひざを抱えるような姿勢にさせ、畳む。二人で持ち上げ、ワゴンの中に入れる。補強してあるため、底が抜けることはなかった。周りから中が見えないように、リネン類を上から押し込む。
 それから、部屋に証拠が残ったままにならないように、と掃除をはじめたが、途中でマクラが、「あ、ヨモピー」と壁を指差した。
 壁にはめ込まれた薄型ディスプレイにニュースが流れていた。
 マイクを持った人物が、背広姿の男から話を聞いている。せいかんな顔つきで背筋が伸びており、実年齢は五十代半ばだったはずだが、それよりもかなり若々しく見えた。
よもぎさねあつって今は政治家じゃないんだっけ」
「情報局だったかな。日本版CIAとか言われたやつ。あれの偉い人でしょ。例の事故の後で、政治家辞めちゃったんだよね」
 例の事故が何を指すのか、モウフにもすぐに分かった。三年前、都内の広い車道を走っていたEV車が突然、歩道に乗り上げ、歩いていた母子をねる事故が起きた。運転手は飲酒をしており、その被害者が、現役国会議員である蓬の妻子だったものだから、ニュースの取り上げ方はかなり大きかった。
 テレビの中では、「蓬長官は政治家時代にも命を狙われていた、という話がありますが」とマイクを向けられ、質問されている。
「いや、そのあたりは何も言えないんです」蓬長官は苦笑いをする。「だけど、もし君が、僕を狙っていたとしたら、こんなに至近距離だから、僕は一巻の終わりですよ」
「わたし、意外にヨモピー好きなんだよね。好き勝手なこと言ってるけど、結構、納得できるし」マクラが言った。「国会議員の数を減らす、とかずっと言ってるでしょ」
「わたしもそれは賛成。民間企業が、リストラせざるを得ない時代なんだから、政治家だって減らしたほうがいい。コスト削減」
 蓬実篤は初当選の時から首尾一貫、議員定数の削減を訴えていた。さらには、「あまりに高齢の政治家は引退したほうがいい」と主張し、そのたびに議論を巻き起こした。
「ヨモピーが言ってた通り、実際、筋力とか記憶力とか、判断力とか、年取ると絶対、落ちていくでしょ。どんなに優秀な人間だって、そうなっちゃうし。車の運転だって難しくなるんだから、絶対、若いほうがいいよ」
「若すぎるのも怖いだろうけど」
「だってさ、五十歳ののぶながと、八十歳の織田信長のどっちに国を任せたい? と言われたら五十歳でしょ」
 問いかけにモウフはしばらく悩む。
 するとマクラが先に、「でも、織田信長、怖そうだから、嫌かな。むしろ、おじいちゃんになってからのほうが付き合いやすそう」と言った。
 何百年ものちに生きる、会ったこともないわたしたちに「怖そう」と決めつけられる織田信長も可哀想だな、とモウフは申し訳なく感じた。
「やっぱり、ヨモピー、嫌がられてたのかな。政治家を減らす、なんて政治家の敵でしょ」
「まあ、そうだろうね。権力を持つ人達は権力を手放さないことをライフワークにしてるんだし。だから、政治家を辞めて別方向から変えるつもりなのかもね、そのために情報局の偉い人になったのかも」
「変える? 制度を?」
「そういうところ肝が据わってそう。だいたい、最初に当選した時だって、列車で悪者捕まえたりね」
 十五年前、しん宿じゆく発の快速列車内で、刃物を振り回した乗客が、ほかの乗客を切りつける事件が起きた。十数人の死傷者が出たが、その場に居合わせたのが蓬実篤だった。当時四十歳の彼は自分も入院するほどの傷を負いながらも、犯人を取り押さえたのだ。
「さっき話した三年前の交通事故、飲酒運転の事故も、本当は、家族じゃなくてヨモピーを狙っていた説、あるみたいだよね」マクラが画面を見ながら言う。
「事故じゃなかったってこと?」モウフは高い声を出してしまう。
「あっても驚かないでしょ」
 モウフの頭に浮かび上がったのは、高校時代の、ある先輩のことだった。当時の監督のやり方や理不尽な指導方法に疑問を感じ、より良くするために、より健全な部にするために行動した先輩が、ほかの上級生部員の抵抗に遭い、退部に追い込まれたのだ。
「現状を変えようとする人って、邪魔だから」
「確かにね」モウフは、画面内の蓬長官に目をやる。
「ヨモピー、頑張れ」
 清掃を終えたところでマクラとモウフは部屋を後にした。

(つづく)

作品紹介



777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日

そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!

やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。

そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000745/
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