777 トリプルセブン
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とびきり不運な殺し屋、ふたたび――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#4
累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!
★シリーズ特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/isaka-kotaro/koroshiya/
とびきり不運な殺し屋、ふたたび――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#4
2010号室
「うれしいよ。あいつが私の誕生日を覚えてくれていたなんて」目の前の男性は爽やかで、大らかな上司を思わせた。頼りになる上に、部下の失敗を、「仕方がないな」と受けとめてくれるような寛容さを備えている。
「娘さんとは、しばらく会っていないんですよね?」
具体的な国名は知らなかったため、大雑把な言い方にならざるを得ない。
「ああ、そうだね、ヨーロッパ」「絵の修業というか、留学でしたっけ」「そう、絵の修業というか、留学でね」
ウィントンパレスホテルの最上階、2010号室にいた。例によって、
「部屋に行って荷物を渡す。それだけだよ。本当に簡単。びっくりするくらい」依頼内容の説明の際は、いつも通りそんなことを言い、ホテルの構造を説明した。「地上二十階建て、地下には駐車場がある。一階ロビーにラウンジ、二階には和洋中、三種類のレストランがあって、建物の中央部分にエレベーターが四基。宴会場が三階。東西に廊下が延びていて、客室がおおよそ十部屋ずつ。非常階段は各階二ヵ所、廊下の端に」
「荷物の中身は?」
「娘が父親に誕生日プレゼントを送りたい。それを運んであげるのが仕事。こんなに簡単で、安全な仕事があっていいのかな、と不安になるよね」
「君がすぐに、簡単で安全、とか言うことのほうが不安だ」
「プレゼントを運ぶだけなんだから」
「本人が自分で渡せばいいじゃないか」
「留学中なんだよ。仕方がないでしょ。昔はいがみ合っていたのが、海外に行って離れたことでありがたみが分かったみたい。だから、誕生日に父親へプレゼントをしようか、と。いい話でしょ」
「出張先のホテルにまで届ける必要があるのかな。自宅に送ればいい」
「仕事が忙しいお父さんなんだって。出張続きでなかなか家に帰れない。やっぱり誕生日プレゼントは、誕生日に届かないと間が抜けちゃう。とにかく依頼された通りに、プレゼントを持っていってよ。そうしたら報酬を支払ってもらえる。君はもう、危ない仕事はやりたくないって言ってたんだし。こんなに簡単な仕事を逃す手はない」
「あの〈はやて〉の時も、君はそう言った」七尾は強く主張する。業界では「E2」と新幹線の形式名で呼ばれる事件のことだ。死体が山ほどできあがり、七尾も紙一重でその山に加わるところだった。スーツケースを持って、次の駅で降りろ、というただそれだけの仕事だったのに、だ。
「今回は大丈夫だから。あまりに簡単。プレゼントを渡せばおしまい。できれば、お父さんの写真も撮ってあげるといいかも。仕事をちゃんとやった証拠にもなる」
真莉亜は早口でまくし立てるタイプではなく、むしろ淡々と話してくる。そこにコツがあるのかもしれないが、耳を貸していると、「確かにその通りかもしれない」と思いそうになる。七尾は洗脳を振り払うように通話を終えた。
そして今、七尾はウィントンパレスホテルの2010号室で、ベージュのチノパンに白シャツを着た、「仕事ができる人」とラベルをつけたくなるような男と向き合っている。
景気の良い企業の、良い役職についているのかもしれない、
突然、七尾が部屋を訪問したものだから、はじめは彼も当惑していた。サプライズのために、依頼主は事前に連絡をしていなかったのだろうか。困るのはこちらのほうだ。ぴりぴりとした警戒心を隠そうともせず、ドアバーのかかったドアの隙間から探るような顔を見せた。
七尾はできるだけ
七尾は自分が運び入れて置いたばかりの、
「何をプレゼントしてくれたんだろう」包まれた荷物に触れ、彼は目を輝かせている。ように見えた。
(つづく)
作品紹介
777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日
そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!
やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。
そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!
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