累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!
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何しろこれは、「簡単で安全な仕事」なのだから――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#5
「何でしょうね」と言った後で、少々ぶっきらぼうだったかもしれないと七尾は慌て、「絵かもしれません」と言った。「絵の修業」という情報からの安直な推察だ。
「なるほどね。確かに」と彼は梱包を
プレゼントの中身を確認する必要もなく、七尾はそのまま帰ろうと思ったが、するとどこに挟まれていたのかポストカードが滑り出て、七尾の足元に落ちた。拾い上げると文面が見える。「少し前にビデオ通話した時のお父さんをもとに描いてみました。似てるでしょ」とあった。
中身はやはり、額に入った絵だった。油絵だろうか、優しいタッチで塗られた人物画で、正面を向く、優しい
良かった、何事もなく仕事が終わる。そう思おうとした。このまま何事もなく済ませるべきだ。何しろこれは、「簡単で安全な仕事」なのだから、問題などどこにもない。気がかりなど無視し、部屋から立ち去ればそれでいい。
「ちょっと待って。どういうこと」携帯端末の向こうから真莉亜が言った。「何かあったの? あんなに簡単な仕事なのに?」
「簡単で安全」そのキャッチコピーは忘れていない、と七尾は言い足す。
「今どこにいるの」
「まだホテルだ。ウィントンパレス。立派なホテルだよ。部屋もシックな高級感にあふれていて、家柄のいい貴族も満足しそうだ」ベージュがかったフローリングに、黒い木目のアクセントクロスが合っている。
「家柄のいい貴族の趣味なんて知らないけど」彼女の
「いい絵だったよ。お父さんのことを描いたらしい」
「何が問題なの」不穏な言葉は受け入れたくないという思いが伝わってくる。
「顔が違ったんだ」
「顔?」
「その絵に描かれている男と、ホテルにいた男性と。スタイルも違う」絵に描かれているのはふっくらとした体型で、丸顔だったが、2010号室にいた男は細面だった。体重の増減や顔のむくみといったものでは説明がつかないほど、共通点が少なかった。
「何それ。でも、芸術ってそういうものでしょ? 実物をそのまま描いても仕方がないし、モディリアーニだって、
「俺もそう思った。どう見ても、リアリズムの絵だったけれど、デフォルメされていたのかもしれない。いちがいには言えない。俺は芸術をよく知らないし」「そうね」「だからほんとは一応、君に相談しようと思ったんだ。絵と顔が違う。これがどういうことなのか、芸術ということでいいのかどうか、どうすればいいのか、アドバイスをもらいたくて」
「それがこの電話?」「いや、これは、さらにその後の電話」
「どういうこと」
「部屋の外にいったん出て、君に電話をかけようと思ったんだ」
七尾は、2010号室の男に、「少し電話をさせてもらってもいいですか」と頼んだ。
「電話?」彼が首を傾げる。
「大したことではないんですが、手続き上の問題で」と
「それなら、部屋の外で
「ああ、はい」
部屋を出たらオートロックがかかるため、締め出されてしまう恐れはあった。その時はまた、チャイムを押せばいいだろう。やるべきことはやったのだから、帰ってもいいかもしれない。絵と実物が違うくらい何だと言うのだ。芸術は、対象の真の姿を表出させる。そういったたぐいの何かに違いない。
自らに言い聞かせ、七尾はドアに向かったが、すると思わぬところにソファがあったため、ぶつかりそうになった。慌てて身体を
「それが良くなかった」携帯端末の向こうが静かなものだから、真莉亜が聞いているかどうか少し心配になったが、「どういうこと?」と声がした。
「彼が驚いたんだよ。後ろから俺の首に手をかけようとしていたんだろう。そこで俺が急に、予想外の動きを見せたから、慌てた」
「首に手を? 待って、どういうこと」
(つづく)
作品紹介
777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日
そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!
やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。
そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!
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