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レビュー

緊急事態宣言、ワクチン、給付金…その政策、効果はあったの、なかったの?――明石順平『全検証 コロナ政策』レビュー【評者:古賀茂明】

公式データを駆使して、データ解析の職人が徹底検証
明石順平著『全検証 コロナ政策』書評

明石順平著『全検証 コロナ政策



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【評者:古賀茂明(経済評論家)】

「2022年の新型コロナウイルス感染者数は、最初に感染が蔓延した20年に比べてどれくらい減少しましたか?」と聞かれたらどう答えるか。実は、減るどころか増えている。それも116.3倍に。
さらに、「変異によって重症化する割合は減っていますが、その結果、死者数は20年と比べてどれくらい減少しましたか?」と聞かれると、どれくらい減っただろうかと考える人が多いはずだ。しかし、実際は、22年の死者の数は、20年の13.7倍になっている。
第一章の「コロナの現実」で、読者は立て続けに意外な事実をグラフで見せつけられ、次は何かとドキドキしながらどんどん読み進めることになる。
人の記憶は主観的なものだ。2020年1月15日に国内で初の新型コロナウイルス感染症患者が確認された時に感じた漠然とした不安は、同年2月になって横浜に入港したダイヤモンド・プリンセス号の悲惨な集団感染を見た時には、かなり具体的な不安に変わり、3月に学校の一斉休校、4月の緊急事態宣言と進んでくると、この世の終わりかもしれないと思うほどの恐怖感に高まった。その時の記憶は私たちの脳裏に深く刻み込まれている。
その後ワクチンが行き渡り、繰り返し感染のピークを経験して、さらに、ウイルスの変異で重症化率が下がってくると、人々の恐怖感は急速に薄れてきた。22年には状況はかなり改善していたと思いがちだ。
しかし、客観的には20年と22年を比較すると、死者数は激増しているのだ。
本書は、そうした人々の主観的な印象によって歪められたままになっている事実を客観的データで正していく役割を果たしてくれる。
第二章の海外との比較を見ると、この客観的な見方が、さらに多角的、立体的な理解に高められていく。20年時点の国際比較のデータで日本は死者数が非常に少ないと思い込んでいた人は、22年になって、日本が世界平均の倍以上の死者を出したと聞くと驚くだろう。さらにアジア、オセアニア、アフリカ、南アメリカとの比較などを見ると、今までと違った景色が見えてくるのだが、その一方でデータの限界からどこまで当てになるかわからないと筆者が釘を刺すところが面白い。
本書の特色は、データの重要性を強調しつつ、データの限界も明確に意識していることだ。筆者の解説には断定的な結論は少ない。一定の限界の範囲内での推論であることを明示する箇所が多いことが、むしろ、読者の信頼を高めることになるだろう。
高齢者の中には、ワクチンを打つべきか、打つとしてもいつが良いのかなどに迷いを感じている人も多い。第三章の「コロナ対策」では、ワクチンの効果についても詳細な検討を加えている。当初とは違い、変異株に対しての発症予防の効果はかなり下がっていること、一方で重症化予防効果は依然としてあるのではないかということがデータで示される。マスクの効果についても感染させる側と感染する側の双方から見たデータを使って、その効果と限界について紹介している。
データで語れることには限界があるということは、本書が全ての疑問に確定的な答えを用意してくれるわけではないということを意味する。しかし、それでも落胆する必要はない。ここに書かれていることを前提に、年齢、基礎疾患、リスク許容度などを踏まえながら一人ひとりが最終的な判断をするための材料が用意されているからだ。
第四章の「医療崩壊」では、救急搬送困難事案のデータを読み解きながら、数字の裏にある現場の行動を他のエピソードと組み合わせて推論していくという手法自体が興味深かった。この章で指摘される医療体制のあり方の問題は、医療制度改革の議論の中で繰り返しテーマとして挙げられることではあるが、コロナによって、その深刻さが浮き彫りとなった。具体的な問題から説き起こした日本の医療制度の問題点と改善の方向性についての論考は傾聴に値する。
この章で少し意外だったのは、多くの識者が、日本の医療政策の失敗で医療崩壊が起きたと政府を批判する中で、必ずしもそうは言い切れないと指摘したことだ。甘いのではないかという人もいるかもしれないが、カナダ以外のG7諸国がコロナ禍を経て平均寿命を縮めているのに対して、日本は逆に平均寿命を伸ばしているという統計を示して、日本の対応が欧米先進国よりも劣っていたという決めつけに疑問を呈している。米仏などで医療崩壊が起きなかったのは、対応がすばらしかったのではなく、単に、受け入れるべき患者を受け入れないという対応をして病院の受け入れ患者数を絞った結果に過ぎないかもしれないと推測している。単に政府批判をしたい人には受け入れ難いことかもしれないが、こうした俯瞰的な視点が本書の魅力である。
第五章の「コロナ予算」では、そこにはさまざまなカラクリがあり、壮大な無駄が潜んでいることを指摘しているが、コロナが終わったかのような雰囲気作りによって、これらの問題も全て有耶無耶になるのではないかということが気になるところだ。
第六章の「経済へのコロナ後遺症」で、筆者は、コロナ予算の問題が、より大きな日本財政の危機をさらに高めたという視点でアベノミクス以降の日本の財政問題に切り込む。これほどの大きな問題を短く、かつわかりやすく書くのは至難の業だが、それにチャレンジしたのは、もう時間がないという筆者の危機意識の表れだろう。
私も機会があるごとに、財政危機はどこかで臨界点を迎えるだろうと警鐘を鳴らしてきた。ある財務省次官OBはこの春に、あと3年で日本は財政破綻すると私に向かって断言した。それが正しければ、あと2年半である。地震、原発事故、戦争などにより、それが早まる可能性もある。
筆者は、第四章で、コロナの5類移行によってさまざまな負の効果が生じることを予言している。今の体制を放置すれば、新たな変異株、あるいは全く新たな感染症の爆発が起きた時、日本はなすすべなく崩壊するかもしれない、という筆者の警告だと私は受け止めた。それは医療崩壊かもしれないし財政崩壊かもしれない。
本書が、一般市民のみならず、政策担当者にも広く読まれて、今後の政策立案に生かされることを期待したい。さらに、筆者には、第六章で展開したコロナ以降の日本経済の危機についての分析を1冊の本にまとめて、次の著作として出版することをお願いしたい。もちろん、わかりやすいグラフをふんだんに用いて。

【作品紹介】
『全検証 コロナ政策』



全検証 コロナ政策
著者 :  明石順平
発売日:2023年08月10日

緊急事態宣言、ワクチン、給付金…その政策、効果はあったの、なかったの?
(目次)
はしがき

第一章 コロナの現実
1 はじめに
2 感染者数
3 死者数
4 重症者数
5 入院治療等を要する者等推移
6 集団感染等発生状況
7 コロナ後遺症
8 スペイン風邪との比較

第二章 海外との比較
1 世界との比較
2 各地域との比較

第三章 コロナ対策
1 ワクチン
(1)ワクチン接種国際比較
(2)感染予防効果
(3)発症予防効果
(4)重症化予防効果
(5)後遺症予防効果
(6)ワクチン副反応
2 マスク
3 行動制限
4 PCR検査

第四章 医療崩壊
1 救急搬送困難事案
2 病床多くして医師少なし
3 民間病院が約8割
4 他の国ではどうか
5 5類変更で何が変わるか

第五章 コロナ予算
1 2020年度決算の規模と上昇率は1950年度以降で最大
2 何に使われたのか
(1)執行率を算定できたのは8割、その中で使われたのは8割
(2)地方にばらまかれたお金
(3)コロナ防止策に使われたお金
(4)経済・雇用対策
(5)予備費の行方
(6)効果は?

第六章 経済へのコロナ後遺症
1 日本の資金繰り
2 アベノミクスとは
3 失敗を統計操作でごまかす
4 アベノミクスの真の狙い

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000622/
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