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最後の最後には、慌ててページを閉じたくなる衝撃が待つ――原浩『蜘蛛の牢より落つるもの』レビュー【評者:宇田川拓也】

取り憑くものは、怨霊か悪意か。
『火喰鳥を、喰う』の原浩による衝撃ホラーミステリ!
『蜘蛛の牢より落つるもの』レビュー

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蜘蛛の牢より落つるもの

著者:原浩



書評:宇田川拓也

 室内に時折現れる、ピョンと飛ぶ小さなクモ。誰に教えられたわけでもないが、家のなかのクモは害虫を食べてくれるから殺してはいけないという刷り込みがあり、「パトロールご苦労様です」と快く放っておくのだが、もっと大きくて脚が長いジョロウグモやアシダカグモとなると、話は変わってくる。さすがに怯む。扱いにも困る。大きさが変わるだけで、なぜあれほどまでにクモのフォルムは、ひとを怖気づかせるのだろうか。
 原浩『蜘蛛の牢より落つるもの』には、どこか禍々しさ漂うタイトルのとおり、“比丘尼蜘蛛”なる体長二~三センチくらいのクモが出てくる。もし室内で遭遇したら、放っておくにはちょっとためらいそうな大きさだ。信州に位置する六河原村では、何十年かに一度、このクモが大量発生し、それを土地のひとびとは“蜘蛛の年”と呼んで、よくないことが起こる前触れと捉えていた。二十一年前、「六河原村キャンプ場集団生き埋め死事件」と称される凄惨で不可解な事件が起こった渇水の年も、クモがたくさん出たという。
 若手ライターの指谷は、オカルト系情報誌の編集長を務める冨から、この事件の調査記事の執筆を依頼される。事件の生存者である少年が残している、「掘り出した女」に命じられ、自分たちで掘った穴に自分たちを埋めたという異様な証言。そもそも虐待死させた子供の遺体を埋めにきた家族だけでなく、キャンプ場の管理人とキャンプ客の男性まで巻き込まれて亡くなった理由。そして事件から八年後にダムが完成し、現場が湖に没しており、事実解明がまったく進んでいない状況。事件はオカルトマニアたちがウワサするとおり、子供の死体を埋める際に掘り出してしまった女の怨霊の仕業なのか。
このところの水不足で湖の水位が下がっていることから、沈んでいた事件現場が姿を現すかもしれない可能性と、なにか怪異が起こるかも――と当て込んだ冨の提案で、指谷は関係者への取材とあわせ、湖のそばにテントを張ってキャンプをすることに……。
 こうして話は進んでいくのだが、“女の怨霊”を裏付けるような村の老人が語る陰惨な比丘尼伝説、インタビュー中に様子が急変する取材対象者、さらに集団生き埋め死事件をなぞるような新たな死の連鎖が起こるなど、得体の知れないなにかにじわじわと周りを囲まれていくような読み心地は、まさに正統ホラー。“蜘蛛の牢”とは、次第に恐ろしさに囚われていく読み手を喩えたものか――などと、つい勘繰りたくなってしまったほどである。
 ところが中盤に至り、ある人物の登場以降、物語はそれまで見せなかったもうひとつの貌を現し始める。著者のデビュー作『火喰鳥を、喰う』は、第四十回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を射止めた長編作品だった。賞の名に準ずるがごとく、ミステリとホラー両方の魅力を兼ね備えた内容で大いに称賛されたが、本作においてもそのバランスは踏襲されている。だが、繰り出される数々の謎解きや黒幕に対しての戦略の徹底ぶりが本作ではとにかく凄まじい。幾重にも張り巡らされた蜘蛛の巣のごとき濃密なホラー要素に向け、ミステリの大鉈を縦横無尽に容赦なく打ち込み、片っ端から払い除けていく展開には、壮快な謎解きというレベルを遥かに突き抜け、そこまでやるかと仰け反ってしまった。
 この極端なまでの物語構成は、読者の意表を突くだけでなく、鋭い問題をも突き付ける。つまるところ死を招くような忌まわしき場所や呪われた逸話とは、怨霊や伝承によって生み出されるのか、それとも人間の悪意や後ろめたさをきっかけに形作られるのか。最後の最後に用意された、「巣を払えば蜘蛛も消えるとでも?」といわんばかりの、思わず慌ててページを閉じたくなるような場面とあわせ、読後、沈思黙考してしまった。
 ちなみに本作は、はっきりと謳われていないが、前述の『火喰鳥を、喰う』を読んでいるか、あるいは本作のあとに続けて『火喰鳥を、喰う』を読むことで面白味が増す趣向が凝らされているので、乞うご期待だ。

作品紹介



蜘蛛の牢より落つるもの
著者 :  原 浩
発売日:2023年09月26日

取り憑くものは、怨霊か悪意か。 『火喰鳥を、喰う』の衝撃ふたたび!
フリーライターの指谷は、オカルト系情報誌『月刊ダミアン』の依頼で21年前に起こった事件の調査記事を書くことに。
六河原村キャンプ場集団生き埋め死事件――キャンプ場に掘られた穴から複数の人間の死体が見つかったもので、集団自殺とされているが不可解な点が多い。
事件の数年後にダムが建設され、現場の村が今では水底に沈んでいるという状況や、村に伝わる「比丘尼」の逸話、そして事件の生き残りである少年の「知らない女性が穴を掘るよう指示した」という証言から、オカルト好きの間では「比丘尼の怨霊」によるものと囁かれ、伝説的な事件となっている。
事件関係者に話を聞くことになった指谷は、現地調査も兼ねて六河原ダム湖の近くでキャンプをすることに。テントの中で取材準備を進める指谷だが、夜が更けるにつれて湖のまわりには異様な気配が――

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322306000299/
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