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もれなく胸糞悪い、数々の事件を繋ぐ絶望的な「糸」――染井為人『黒い糸』レビュー【評者:つぼみ大革命・糸原沙也加】

横溝賞出身、『悪い夏』の著者による初のホラーサスペンス『黒い糸』の刊行を記念して、つぼみ大革命・糸原沙也加さんのレビューをお届けします。

染井為人『黒い糸​』レビュー



すごく嫌だ。
こんな糸で繋がってしまうなんて。

書評:つぼみ大革命・糸原沙也加

『黒い糸』を読む前、タイトルだけを目にした際、「糸」の文字にとても反応してしまった。というのも、自分が糸原、という名前であり、「糸」がつくものにはいつも敏感に反応していた。自分の名前であり、親しみのある「糸」という文字が、どのような意味を持って使われているのかが楽しみだったのだ。

「糸」――多くは、運命の赤い糸、などの素敵で感動的な繋がりの意味を持たせて使われる言葉として今まで目にしてきたが、今回の作品は“黒い”糸。
さらに興味が湧いた。

なぜ黒なんだろう?

読めばきっとその答えがわかるはず、とワクワクしながら読書を開始した。

この物語、本当に読みやすくて面白い。
寝る時間も惜しんで、今やるべきことを一旦放置し、周りの全てをシャットアウトしてまでも読みたくなる本との出会いがたまにあるのだが、この作品はまさにそうだった。
この勢いのままドカーンと読み切ってしまいたい気持ちと、まだこのドキドキハラハラが終わってほしくなくて少しずつゆっくりと読んでいきたいような惜しさとがせめぎ合ってしまったのも本音。結局はやはり展開が気になりすぎて、自分はドカーンといってしまった。

お気に入りのシーンは、何かが起こりそうなフラグが全開の、小学校教師の祐介と、クラスの優等生・莉世が佐藤家に「家庭訪問」しに行く場面。
絶対なにかあるだろ、でももしかしたらなにもないのか……? と感情が振り回された。

私なら佐藤家には絶対に行かない。
保険金目当てで旦那を殺害した可能性のある女がいる家への訪問なんて怖すぎる。

そしてもう一つ、亜紀の一人息子である小6の小太郎にも感情移入せざるを得なかった。
小太郎が、「自分はお父さんに似ちゃってる」と感じ、お母さんが悲しむだろうな、と先生(祐介)に複雑な想いを打ち明けた際に目から涙が溢れたシーン。
そのシーンを読んだ時には思わず、今すぐこの場に行って抱きしめてあげたい、どうかこの子が幸せになってほしい、と思ってしまった。

両親の離婚を経験し、母と共に生活している小太郎。母のことはもちろん好きだし、父のことも、ちょっと苦手だけれど嫌いではない。むしろ好き。
子どもながらに感じる両親の揉め事。大人の問題。
こういう環境に置かれている子どもは、現実世界でも少なくないはずだ。
小太郎とは少し違うが、自分も経験したことがある。両親のことは大好きだから、どっちにも悲しんでほしくないし、お互いのことを悪く言わないで欲しい。きつい言葉をぶつけたら可哀想じゃないか。子どもの立場からはわからない事情があるんだということは、大人になった今なら理解はできるけれど、子どもだった当時はただただ悲しいのだ。その想いは自分も小太郎と同じだった。

自分が、大好きな人(父)に似ていることが、大好きな人(母)を悲しませてしまう、本来ならとても喜ばしいことなのに、どうしてそんな想いをこの子がしなければいけないのか。
そんなことないんだよ。君は何も悪くないんだから。どうか悲しまないで。
祐介と同じく、この少年に少しでも寄り添ってあげたかった。


亜紀と小太郎の側にいる人物の優しさは素直に受け入れて良いものなのか。
怪しいと感じた人物は本当に怪しいのか。

この物語は目まぐるしく様々な事件が起こる。
そしてもれなく胸糞悪い。
果たしてそれらの事件の全ては繋がっているのか、それとも全く無関係のものなのか。

やはり読み進めれば進めるほど、自分の中で全員が信用できなくなってしまった。

最後まで読むと明かされる真実には必ず衝撃を受けるはず。そして、予想だにしなかった超ホラー展開が待っている。
そういえば、ひたすら小太郎が可哀想かもしれない……。

全て読み終わった後、私は考えた。

あの一族はまだまだ繋がっているのではないだろうか。
そう、あの人物が生きている限り。

そしてまた、まだ見ぬ誰かと繋がってしまうのではないだろうか……。

とても恐ろしい、絶望的な黒い糸で。

やはり私は嫌だ。
どうか、そんな糸では繋がりたくないと心から願う。

作品紹介



書 名:黒い糸
著 者:染井為人
発売日:2025年08月25日
※本書は、二〇二三年八月に小社より刊行された単行本を加筆修正のうえ、文庫化したものです。

25万部突破&映画化『悪い夏』の著者が放つ、戦慄ダークサスペンス!
結婚アドバイザーを務めるシングルマザーの亜紀は、
クレーマー会員とトラブルを起こして以来、悪質な嫌がらせに苦しんでいた。
息子が通う小学校ではクラスメイトが誘拐される。
担任の祐介は対応に追われる中、
クラスの秀才・莉世から推理を聞かされる――「あの女ならやりかねない」。
その後莉世も何者かに襲われ意識不明に。

亜紀と祐介を追い詰める異常犯罪の数々。
街に潜む“化け物”は一体誰なのか?

『悪い夏』の鬼才が現代社会の不条理とタブーに真っ向から挑む、戦慄ダークサスペンス。

解説/吉田大助

詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/322503000697/
amazonページはこちら


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