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【書評】芦花公園「佐々木事務所」シリーズを読む――過剰さと危うさが生み出す魅力【評者:朝宮運河】

ホラー界、騒然! 絶大な人気を誇る、芦花公園「佐々木事務所」シリーズを徹底紹介。



評者:朝宮運河

 ホラーがかつてない盛り上がりを見せている2025年現在。小説界でも『近畿地方のある場所について』の背筋や『ここにひとつの□がある』の梨など、新しい才能が続々と登場してシーンを彩っている。

 そんな令和のニューウェイヴ・ホラーの先陣を切って、2021年に鮮烈なデビューを飾ったのが芦花公園だった。ネット掲載時から評判を呼んだデビュー作『ほねがらみ』以降、『とらすの子』『パライソのどん底』などの力作を頼もしいペースで刊行。ホラージャンルを深く愛し、ほぼホラーだけを書き続けて熱狂的ファンを獲得した芦花公園は、まさに現代のホラーブームを象徴する書き手といっていいだろう。

 この2月に刊行されたばかりの『無限の回廊』(角川ホラー文庫)は、芦花公園の代表作「佐々木事務所」シリーズの待望の最新作だ。「佐々木事務所」シリーズは『異端の祝祭』(2021年)、『漆黒の慕情』(22年)、『聖者の落角』(23年)とデビュー以来、年に1冊のペースで角川ホラー文庫より刊行されており、『無限の回廊』はそのシリーズ4作目にあたる。

 ちなみに『聖者の落角』から『無限の回廊』の間が約2年開いているのは、2024年には独立した長編『極楽に至る忌門』が刊行されたため。そして後述するようにこの作品も、物部斉清というキャラクターを介して「佐々木事務所」シリーズとリンクしている。

「佐々木事務所」シリーズは、現代を舞台にしたオカルトホラーであり、いわゆる“ゴーストハンターもの”だ。ゴーストハンターものとは超常現象に通じた探偵役が霊能力やオカルト知識を武器に、人知を超えた怪現象を解決していくというホラーのひとつの形式で、古くはアルジャノン・ブラックウッドが20世紀初頭に生み出した「妖怪博士ジョン・サイレンス」シリーズやウィリアム・ホープ・ホジスンの「幽霊狩人カーナッキ」シリーズ、近年では澤村伊智による「比嘉姉妹」シリーズなど多くの作例がある。

「佐々木事務所」シリーズの主人公・佐々木るみはオカルトや民俗学に詳しい30代の女性。東京・飯田橋の雑居ビルにて心霊案件専門の相談所を営んでいる。あまり身なりには構わないタイプで、いつも汚れた灰色のスウェットを着用、髪の毛を無雑作に束ね、分厚い眼鏡をかけた彼女は男性に間違われることもしばしばだ。

 彼女には霊的存在を見たり感じたりする能力があり、それらを頭の中にある「押し入れ」に封印して消し去ることもできる(この秀逸なイメージは、スティーヴン・キングの『ドクター・スリープ』に登場する異能者ダニーの能力に由来している)。

 彼女が佐々木事務所を開いているのは、生まれついての特殊能力を活用するためだが、といっても困っている人を救いたいからという動機ではない。その背後には彼女の複雑な生い立ちが存在している。

 両親からひどい虐待を受けて育った佐々木るみは、親切な養父母と出会うまで人の善意や優しさに触れたことがなかった。それゆえ自己肯定感が極めて低く、他者とのコミュニケーションもうまく取ることができない。心の奥底ではいまも激しい暴力衝動が渦を巻いており、それが彼女を霊との対決に向かわせるひとつの理由になっているのだ。

 そんな危うい主人公である佐々木るみを支えるのが、20代後半の男性・青山幸喜である。プロテスタントの牧師の家に生まれた彼は、学生時代に知り合った佐々木るみを深く尊敬し、有能な助手として佐々木事務所を切り盛りしている。人を疑うことのない善良な性格だが、その善良さゆえに佐々木るみとは違った意味でやや危なっかしさを感じさせるのも事実。人間社会は青山幸喜が想像するよりも、はるかに邪悪で冷徹な場所なのだ。

「佐々木事務所」シリーズはこの男女バディの関係性がひとつの軸になっている。それは恋愛関係とも友情ともニュアンスが異なるいわく言いがたいもので(佐々木るみは青山幸喜を依存すべき「母親」と見ている節がある)、その一筋縄ではいかない関係性がさまざまな怪異との遭遇によって深まり、変化していくところにこのシリーズの面白さがある。

「佐々木事務所」シリーズが扱っているのは、いずれも得体の知れない超自然現象だ。『異端の祝祭』の謎めいた宗教儀式、『漆黒の慕情』の姿の見えないストーカーと呪いの伝播、『聖者の落角』の子どもたちの異変。佐々木るみは聞き込みなどで得た情報をもとに、事件の輪郭を明らかにし、深奥に潜むものの正体に迫っていく。民俗学的と称されることも多い「佐々木事務所」シリーズだが、何らかの宗教や信仰が絡んでいるのがすべての事件に共通した特徴で、現代日本では成立させることが難しい本格オカルトホラーに挑んだ作品としても注目に値する。

 シリーズを覆う不気味さに拍車をかけているのが、事件に関わった人びとの常軌を逸した言動だろう。たとえば『異端の祝祭』で異様な集団に取り込まれていく新社会人の島本笑美。あるいは『漆黒の慕情』で心霊現象に悩まされている中学生の中村美鈴。芦花公園の筆は、こうした社会の枠組みからずれてしまった人を描く時にいっそう冴えわたる。

 このシリーズを読んでいていつも感じるのは、暗闇で正体不明の“何か”に触れてしまったような薄気味悪さである。べちゃっとしたものが指先に触れ、思わず身をすくめてしまう、そんな感覚だ。その“何か”は幽霊や化け物であることもあれば、私たちが見て見ぬふりをしている人間の弱さや醜さ、どろどろした欲望であることもある。怪異の怖さと人間のイヤさ。その両者が作品内のそこここで、私たちを脅かそうと身を潜めている。

 シリーズには佐々木るみ、青山幸喜の他にも、レギュラーと呼ぶべきキャラクターが登場する。その一人が30代前半の学習塾講師・片山敏彦だ。自他ともに認める美青年である彼は、佐々木るみ同様オカルト好きで、しかも赤の他人へのストーキングという歪んだ趣味の持ち主。そのルックスな単なるイケメンのレベルを超えて、どこか人外めいた印象すら感じさせる。彼は非凡な美しさのために、社会の“普通”から逸脱せざるをえない人間なのだ。

 四国在住の拝み屋・物部斉清も、このシリーズには欠かせない重要人物である。代々続く拝み屋の家系に生まれた物部斉清は、圧倒的な力で怪異を鎮めることができる霊能力者だ。佐々木るみとは古いつき合いで、さまざまな場面で力を貸してくれたり、助言を与えてくれたりする。佐々木事務所にとっては切り札のような存在だが、そんな物部斉清といえども万能ではない。彼が車椅子生活を送っているのは、過去に遭遇した怪異によって四肢を奪われたからなのだ。最強の霊能者ですら祓えない怪異が存在するという事実が、このシリーズをさらに緊張感に満ちたものにしている。

 なお根強いファンがいる物部斉清は、芦花公園のデビュー作『ほねがらみ』で初登場を果たし、『極楽に至る忌門』にも一連の事件の見届け役として出演している。キャラクターがシリーズをまたいで登場する、いわゆるクロスオーバーだ。この2作は「佐々木事務所」シリーズと同一の世界線にあると理解しても構わないのだろう。

 このように解説してみて、つくづく過剰なシリーズだなと思う。佐々木るみをはじめとする主要キャラクターの造形も過剰なら、そこでくり広げられる人間模様も過剰。かれらを巻き込む怪異とオカルト満載の事件にしても同様だ。そしてその過剰さが危ういバランスを保ち、油断のならない物語世界を作り上げているところに「佐々木事務所」シリーズの魅力がある。ここにはゴーストハンター小説でおなじみの、爽快感や安心感は見当たらない。あるのは混沌と不安、恐怖と絶望、そして過剰さの生み出す美と感動なのだ。

 2月25日に発売されたシリーズ最新作『無限の回廊』において、「佐々木事務所」シリーズの危うい魅力はひとつのピークに達している。絶句に継ぐ絶句、不意打ちに継ぐ不意打ち。衝撃の展開としか言いようのない内容である。

 しかしシリーズがこうした展開を迎えることは、ある意味必然でもあった。『異端の祝祭』から『漆黒の慕情』、『聖者の落角』と書き継がれてきた“押し入れの女王”佐々木るみをめぐる物語は、いつかこのテーマを扱わねばならなかったのだ。シリアスな内容に合わせ、扱われる怪異もこれまで以上に凶悪。これを本当に解決できるのか? というレベルの事件が描かれており、最後まで緊張感が途切れない。単独のホラー長編としても楽しめるが、シリーズを順に追ってきた人にはいっそう衝撃的だろう。

 開始当初からホラーシーンで唯一無二の存在感を示してきた「佐々木事務所」シリーズは、最新作においてその魅力をますます高め、読む者の情緒をぐちゃぐちゃにかき乱す。

作品紹介



書 名:無限の回廊
著 者:芦花公園
発売日:2025年02月25日

数々の怪異と対峙してきた佐々木るみが、自らの最大の敵に挑む――。

「まだ?」と声が聞こえるたび、佐々木るみはそっと目を開いて、絶望に囚われる――。最強の拝み屋・物部斉清が死んだ。心霊案件を取り扱う事務所の所長である彼女は、不妊に悩む依頼人が連れてきたおぞましい怪異を止めきれず、物部を巻き込んでしまったのだ。頼る者がいない中、るみは自らの中に巣食う獰猛で最凶の敵に立ち向かうこと
になる。次々と開く扉の中で待ち受けるのは、はてなき悪夢と深淵。シリーズ最大の衝撃作!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322409000519/
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