内陸育ちのためか海辺の暮らしに強く憧れていて、魚料理が好き。19歳から“マイ包丁砥石”を持っている、そんな私にぴったりの小説だった。
人間関係で傷ついたエミリは、職場に居場所がなくなり、長年疎遠だった海辺に住む祖父を訪ねる。元来無口な祖父が口にする言葉は少なく、老犬の散歩や、住民との交流、食材を得るための海釣り。何よりその魚を一緒に料理していくことによって、二人は打ち解けていく。毎日料理前に包丁を研ぐ日課も加わり、エミリの心も少しずつ、夏の海辺で輝きを取り戻していく。
この祖父「大三」が、とても格好いい。言葉は少ないが、名言が沢山あり、こういうのを“学のある人”というのだろう。役者ならその奥行きを演じてみたくなるような、滋味深い人物像が素敵である。
「浦」=「心」のことだという話も深く染みた。羨ましいは、心が疚しい。裏切るは、心を切る。心=裏=浦=美しいもの。だから心が美しく保たれていれば、気分が良い。覚えておきたい、優しい人生訓だと思う。
「ダ・ヴィンチ 2019年12月号」より
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