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ふと思い起こすと、20代は「自分ではない何者か」に憧れがあり、等身大の主人公に興味はなかった。むしろ男性主人公の小説を好んでいた気がする。
ところが30代になると「自分は何者なのか」に興味がいくようで、同年齢、または少し年上の同性の物語に強く共鳴する。本作もまさにそんな一冊だ。
各短編の主人公は、全員35歳を超えた女性4名。予定外の旅先や、急遽の一人旅、突然の異性の来客により、非日常が彼女たちを覆う。
“自分”の濃度を高め一生懸命に生きてきたけれど、それだけでは息苦しいと気付いた先の物語。派手な出来事は起きない反面、彼女たちの内面がじんわりと変化していく描写が丁寧だ。
前後編で主人公と対比する若き女性。ハーレーを乗りこなす「ナギ」の魅力については、彼女の愛車“サイハテ”の疾走描写と共に味わってほしい。
美術系の執筆も多い著者の特性として、風景描写に瑞々しい色彩が浮かび上がる点も良い。秋雨上がりの潤んだ森や、丹頂鶴の舞う雪原を堪能し、読むだけで爽やかな旅の満足感を得た。
>>原田 マハ『さいはての彼女』
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