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カッコイイ台詞を言って、格好良くなる人と浮いてしまう人が居る。役者の円熟味を増した先輩方が格好良くなる理由はわかる。では、小説の登場人物には、どんな時に当てはまるのか? 「きちんと生きてきた時」だ。
向こうからくる人がどうも知った顔だと思ったら、いつか自分の書いた小説の人物だったという著者。登場人物達は起床時間から食の好き嫌い、プライバシーまで練られ、密度を持って物語に降り立つ。
「そうさ。生きるのは難しいけど、死ぬことはもっと難しい。わかったろう」
なんていうカッコイイ台詞を、登場して早々放っても浮つかないのは、登場するまでの人生がしっかりあるからだ。
「霧笛荘」という名の薄暗い舞台、七人の登場人物がそこに出てくる前と、捌けた後の楽屋裏を覗くようなオムニバス。いつの間にか端に立っていた人物に光が当たり、また影を残して霧に消えていく。居なくなって尚強く、登場人物達が香ってくるような小説だ。
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