岩井圭也さんの人気小説「最後の鑑定人」シリーズが待望のドラマ化! 現在フジテレビ系(毎週水曜、22:00~)で放送中です。今回、岩井さんと、ドラマで主演の土門誠を演じている藤木直人さんの対談が実現しました。大学の理系学部出身という共通点のある「理系脳」のおふたりに、原作・ドラマそれぞれの魅力をはじめ、仕事やプライベートについても語り合っていただきました。
構成・文/高倉優子 撮影/内海裕之
岩井圭也×藤木直人
ドラマ「最後の鑑定人」放送記念 特別対談
ドラマの土門は偏屈だけど、チャーミングで人間らしい人物
――まず、岩井さんが「最後の鑑定人」シリーズを書かれたきっかけからお話しいただけますか?
岩井:僕は北海道大学の農学部でバクテリアやカビの研究をしていました。卒業後に就職したのも企業の研究職で、ずっと「理系人生」だったんですが、何の因果かド文系の小説家になってしまったんです(笑)。でもせっかくだから理系出身者の強みを生かした作品が書きたいと思い、「こんな作品はどうでしょう?」と出版社に提案したのが『最後の鑑定人』です。理系の論文が読める人間が科学捜査について書いたら、既存の作品とは違う小説になるはずという確信もあったので。
藤木:それが実現したんですね。まず、何から始めたんですか?
岩井:論文を取り寄せて、読むことから始めました。そして、「この鑑定手法を生かすためにはどういう話にすればいいんだろう?」と構成していきました。論文を読んでいると事件像が浮かぶんですよ。それを火種にして、息を吹きかけて大きな火にしていく、みたいな書き方です。もちろん、せっかく取り寄せて読んでもまったく使えない論文もあり、けっこう大変な作業でしたが。
藤木:論文って最新のものを読めるんですか?
岩井:主に科捜研(科学捜査研究所)や科警研(科学警察研究所)の人が寄稿している「日本法科学技術学会誌」が年に2回発行されているんですけど、それが無料でネットでも読めるんです。また海外の論文も検索サイトに「forensics」という単語を入力すると関連するものがけっこう出てくる。すべてではないけれど、無料で読める最新の論文も多いです。
藤木:なるほど。それで新しい手法を取り入れて書かれているんですね。
岩井:おそらく土門の鑑定方法は現場レベルでやるには少し早いかなということも含まれていると思います。ただし論文になっているということは、近いうちに現場に下りてくるということ。土門は最先端を走っている人間という設定なので、そのあたりは狙って書きました。
藤木:原作の『最後の鑑定人』と『科捜研の砦』の2作を読ませてもらいました。物事を科学的にひも解いていく様が爽快で、すごく興味深い作品でしたが、『最後の鑑定人』の第1話「遺された痕」があまりにも強烈で……。「これをドラマ化するの?」「ヘビーすぎない?」とも驚きました。あの話はどのような思いで書かれたんですか?
岩井:DNA鑑定に関して、1990年代は「絶対的な素晴らしい鑑定法ができた」と思われていたんですが、2000年代~2010年代にかけて「どうもこれは万能ではないらしい」という風潮になっていきました。鑑定時、ほんの少し何かが混入するだけで別人のDNAということになってしまうんです。つまりDNA鑑定は絶対ではない。鑑定のやり方しだいであるということが書きたかったんです。でも確かにどぎつい話ですよね。第1話で離脱する人もいるかもしれないですが、それでもあえて読む人の心に爪痕を残すというか、問題提起したかったんです。
藤木:僕には娘も息子もいますから、被害者と加害者の両方について考えてしまうんです。
岩井:確かに「遺された痕」だけでなく、全体的にハッピーエンドではない話のほうが多いかもしれません。科学捜査は幸せな結末を導くものではなく、厳しい現実を突きつけるものなんですよね。それでも科学や事実を優先させて真実を見つけ出すのが土門らしさかな、と。
藤木:構成も独特ですよね。まず主人公の土門があんまり出てこない。
岩井:そうそう、高倉さんばかりが出てくるという(笑)。
藤木:加えて語り部がどんどん変わるわ、犯人が罪を独白するわで、そのあたりも含めて、どうやってドラマ化するんだろう? と。僕はドラマの世界にどっぷり浸かっている人間なので少し戸惑いました。でもプロデューサーから詳細や構成を聞いて、納得できたのでお引き受けしたんです。
岩井:藤木さんが演じられると聞いたときはすごく嬉しかったです。理系の方なのできっちりポイントを押さえて演じてくださるでしょうし、土門にぴったりだと思いました。また小説で描いていない部分を映像化してもらえたことにも感謝しています。藤木さんがおっしゃった通り、原作では語り手がどんどん変わっていきますが、その人物たちを照射する鏡のような存在として土門を描きました。一方、ドラマでは土門を中心人物に据えた構成にしてくださっています。小説とドラマで互いを補い合っている気がするんです。
藤木:僕が演じている土門は原作とは違う部分が多いですが、そこに戸惑いはありませんでしたか?
岩井:僕の個人的な意見なんですが、小説とドラマはメディアとして全く違うので同一性は求めていないんです。小説が持つソウルやスピリットの部分を再現してくれるのであれば、キャラクターが変わっても特に気になりません。ただし専門用語も多いし、藤木さんには本当に申し訳ないなと思いながらドラマを拝見しています。
藤木:はい、確かに大変です (笑)。でもちゃんと理解した上で自分の言葉にして届けたいので頑張っているところです。ドラマの土門は偏屈だけどチャーミングな部分もあるので、人間らしさが表現できたらいいな、と。
「理系脳」で小説を書く人がいてもいいと思えた
藤木:岩井さんが小説家を志したのはいつなんですか?
岩井:小学3年生のとき、学年誌を読んでいたらすごく面白いミステリ小説が掲載されていたんですよ。北森鴻さんの「ちあき電脳探てい社」という子ども向けの作品です。毎月楽しみに読んでいたんですけど、学年誌なので当然3月で終わってしまうわけです。読めなくなってしまったので「自分で書けばいいんだ」と思いつき、同じような作品を書き始めたのがきっかけです。
藤木:自分で書いちゃうのがすごいですよね。もともと国語は得意だったんですか?
岩井:それが割と得意だったんですよ(笑)。
藤木:オールマイティだったんですね!
岩井:いやいや、じつは数学が苦手で。ずっと「エセ理系」の意識があるんです。
藤木:どっちかというと文系寄りなんですか?
岩井:自分ではいいように「ハイブリッド」と言っていますけど(笑)。藤木さんは本物の理系ですよね?
藤木:理屈っぽい考え方というか物事の捉え方は理系かもしれませんね。後天的なものかもしれませんが。ちなみに僕は国語が大嫌いでした。文章を書くのも苦手で、読書感想文なんてあらすじを書いて最後に「面白かったです」と書くだけ、みたいな(笑)。
岩井:俳優は脚本を読んで、その人物になりきったり、気持ちに寄り添ったりする仕事ですよね。難しさを感じることはありましたか?
藤木:難しいとは思いませんが、ちゃんとできているのかはわかりません(笑)。ただし、台本とか役柄を理屈で読み解く「理系人間」がいてもいいんじゃないかとも思っているんです。みんながみんな国語的に読みとって演じるだけならつまらない。そうじゃないからこそ今までずっと俳優でいられた気もします。
岩井:僕も情感豊かにつづりたいな、人のことを笑わせたいなと思って書いても、編集者に「理屈っぽいですね」と言われますし。3歳と小学1年生の娘がいるんですけど、妻に言わせると理屈っぽく怒っていることがあるらしいです(笑)。作家は9割5分が文系の人たちですからコンプレックスもありましたが、藤木さんがおっしゃったように「理系脳」で小説を書く人がいてもいいんだなと思えました。ありがとうございます!
年齢を重ねるごとに
クリエイティビティが上がってきている
藤木:ところで岩井さん、若いときと比べて想像力や作品を生み出す力って変化していますか?
岩井:すごく変化しています。ただし、僕の場合は若いときのほうがよかったということではなく、逆に今のほうがイマジネーション豊かな気がします。最近知ったんですが、数学などを解く際に必要になる「流動性知能」は10代20代のほうが得意で、逆に、一歩引いた目線で全体を見渡すような「結晶性知能」については40代以降のほうが得意らしいんです。年齢を重ねるごとにクリエイティビティが上がってきている気がするので、僕は結晶性知能で小説を書いているんだと思います。たとえば、これまでは自分が言いそうな言葉しか書けなかったんですけど、最近は他の人が言いそうなことも書けるようになりました。とはいえ、人の名前とかはめっきり思い出せなくなりましたけど(笑)。藤木さんにもそういうことってありますか?
藤木:台詞はやっぱり覚えにくくなってきましたね。若いころは「次のシーンはここね」と台本を開いてその場で覚えられていたんですけど。今なんて、パッと見たって絶対に覚えられないですもん。何日もかけないと(笑)。でも、記憶力は落ちたかもしれないけど、大人になったからこそ芝居に対する向き合い方は真摯になってきたかもしれません。舞台を経験したことが大きいですね。1か月以上稽古して、台詞も動きも完璧な状態にした上でお客様に見せるわけですから。当然失敗も許されません。ドラマはNGを出しても撮り直せるけれど、それじゃダメだ。一発でOKが出るようにしっかり準備しておかなきゃ……と。
岩井:素晴らしいですね。連載していた小説を単行本にする際にけっこう手直ししたんですが、最近、先輩作家から「直しを入れずに一発で書き上げられるようになったほうがいい。それが達人だ」みたいなことを言われたんです。藤木さんの話と通じる部分がありますね。
藤木:ちょっと話が逸れるかもしれませんが、直すときって編集者の意見を参考にするんですか?
岩井:そうです。僕は基本的に編集者の意見しか聞きません。そもそも妻は僕の小説にまったく興味がなくて読んだことがないんです。
藤木:ええっ。それはお付き合いされているときから?
岩井:20冊以上出しているんですけど、1回も読んでいないと思います。
藤木:それはちょっと寂しいな(笑)。
岩井:でも家族の意見って影響力があるので、読んでいろいろ言われるよりはいいかもしれません。
藤木:なるほど(笑)。ところで、小説家って老若男女すべての人になりきらなきゃいけないですよね。それって大変じゃないですか?
岩井:これは僕の持論ですが、作家には登場人物が動いているのを描写する「監督型」と、自分がその人になりきって書く「役者型」の2種類がいる気がするんです。僕はどちらかというと役者型。俳優さんと同じで、たまに役に入って抜けられないことがあります。
藤木:そうすると、岩井さんが脳内で演じていた土門誠もいたということになりますね。
岩井:はい。でも、いまは藤木さんに侵食されつつあります(笑)。9月に第3作の『追憶の鑑定人』が出るんですが、校正作業中に、ずっと藤木さんの顔が浮かんでいました。
毎日嘘を書いているから、実生活では
嘘はつかないようにしている
――ドラマでは白石麻衣さんが演じている高倉柊子には人の嘘を見抜ける能力があります。ちなみにおふたりは、嘘をつくのが得意ですか?
藤木:僕は面倒くさいので、嘘をつきたくないですね。辻褄を合わせるためにまた違う嘘をつかなきゃいけなくなるじゃないですか。普段役者として自分のものではない言葉を言わされているんだから、プライベートくらい嘘はつかないでいたい(笑)。嘘をついて自分を大きく見せるより、そのままの自分でいるのが楽だと思います。
岩井:僕もまったく同感ですね。10代~20代の経験から嘘をつくととんでもないことになると学んだ身としては、正直者でいたほうが楽です。僕も小説家として毎日嘘を書いているので、実生活では嘘はつかないようにしているつもりです。そして多分、見抜くのも下手だと思います。
藤木:自分が嘘をつかないから、「なんでそんな嘘つくの?」と驚くことはありますが。
岩井:確かに。嘘をつかれたことより「なんでそんな嘘をついたのか?」という心理に興味が湧いてしまいます。
藤木:おー、小説の題材になりそうじゃないですか!
――それでは最後になりますが、土門と高倉がケーキを食べてリフレッシュするように、おふたりにとってブレイクタイムの癒やしとなるものがあったら教えてください。
岩井:僕はカフェインレスのコーヒーを飲むことですね。数年前に心臓を悪くしちゃってからカフェイン抜きの生活に切り替えたんですけど、体に合っている気がします。1日に3~4杯は飲んでリフレッシュしています。
藤木:僕も同じくコーヒーが好きで、牛乳を入れてカフェオレにして飲んでいます。やっぱりカフェインの摂り過ぎが気になるので「ここぞ」というタイミングで飲むようにしているんですけど、心臓を悪くしたと聞くと、僕もカフェインレスにしなきゃいけないかなと思ってしまいますね。ちょうど先日、占い師の方に「心臓に気を付けて」と言われたばかりなんです!(笑)
岩井:怖がらせちゃってすみません(笑)。でもカフェインレスにすれば、そこまで気にせず飲めるのでおすすめですよ。
作品紹介
書 名:最後の鑑定人
著 者:岩井 圭也
発売日:2025年06月17日
嘘をつくのは、いつだって人間です――孤高の鑑定人・土門誠の事件簿!
かつて科捜研のエースとして「彼に鑑定できない証拠物なら、他の誰にも鑑定できない」と言わしめ、「最後の鑑定人」として名を轟かせた土門誠。しかしとある事件をきっかけに、科捜研を辞職。新たに民間鑑定所を立ち上げた土門のもとに次々と不可解な事件が持ち込まれる。いつも同じ服、要件しか話さないという一風変わった合理主義者でありながら、その類まれなる能力で、難事件を次々と解決に導いていく――「科学は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつだって人間です」。孤高の天才鑑定人・土門誠の華麗なる事件簿。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322412000809/
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プロフィール
岩井圭也(いわい・けいや)
1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。その他の著書に『プリズン・ドクター』『文身』『水よ踊れ』『この夜が明ければ』『竜血の山』『生者のポエトリー』『付き添うひと 子ども担当弁護士・朧太一』『完全なる白銀』『楽園の犬』『暗い引力』『われは熊楠』『舞台には誰もいない』『夜更けより静かな場所』『いつも駅からだった』『汽水域』などがある。
藤木直人(ふじき・なおひと)
1972年生まれ。早稲田大学理工学部情報学科卒。大学在学中に映画『花より男子』(東映)で俳優デビュー。1999年には音楽デビューを果たす。主なドラマ出演作に、「アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~」(01年)、「ギャルサー」(06年)、「ラスト・シンデレラ」(13年)、「ナースのお仕事3」(18年)、「結婚できないんじゃなくて、しないんです」(16年)、「パパとなっちゃんのお弁当」(23年)、ドラマ・映画「ホタルノヒカリ」シリーズなどがある。また、2014年よりTOKYO FM系列ラジオ『SPORTS BEAT supported by TOYOTA』メインパーソナリティー、2025年4月からは「朝だ! 生です旅サラダ」(テレビ朝日系)のMCを担当している。