自宅マンションの庭の木にやってきてはピーピー、ヒヨヒヨと愛らしい声で鳴く。ヒヨドリは野菜や果樹を食い荒らす害鳥として嫌われる向きもあるが、私にとっては癒しを与えてくれるかわいい野鳥だ。
けれどジビエとしておいしく味わうことができるなんて、本書『みかんとひよどり』を読むまではまったく知らなかった。
主人公はパリの最高級グランメゾンで修業した経験を持ちながらも、帰国後は成功とは程遠い挫折の日々を送っている料理人の亮二。「好きなジビエが食べられる店を出したい」と熱望するオーナー・澤山柊子に誘われ、京都・洛北にあるフレンチレストラン「レストラン・マレー」のシェフになった。自分らしいジビエ料理を作りたいが、材料の確保がままならない。そんな中、二代前から猟師という大高との出会いを得て、彼はますますジビエに魅せられていく。
ジビエとは、狩猟によって食材として捕獲された野生の鳥獣のこと。「夏の猪」「ヤマシギのロースト」「小鴨のソテー サルミソース」「鹿レバーの赤ワイン醬油漬け」など、章タイトルからもわかるように、本書では、猪や鹿、鴨やヤマシギなどの肉を使った料理が登場する。それぞれの狩猟方法や肉の特徴なども描かれていてジビエ初心者にもわかりやすい。
亮二が試行錯誤しながら作る料理の、まあおいしそうなこと! 猪の舌や頬肉を煮てゼリー寄せにした〈フロマージュ・ド・テット〉は、味の想像ができないからこそ余計に魅惑的に思えるし、腹がはち切れるほどみかんを食べ、脂肪にまでみかんの色素と香りがうつったヒヨドリのローストは、甘酸っぱいみかん風味の肉の味を思い浮かべ、今すぐにでも食べたいという衝動にかられた。ジビエが食べられるレストランも増えたが、一部のスーパーや精肉店を除き、一般には流通していないからこそ、食べてみたいという気持ちになるのだ。そういう意味でも、ジビエを題材にした作品というのは非常にレアだと思うし、よくそこに着目したなと感心してしまう。
ただし、ジビエが核にあるとはいえ、単なるグルメ小説というわけではない。「ビストロ・パ・マル」シリーズをはじめ、グルメとミステリの要素をスパイスにした人気作を世に送り出している著者のこと。本書にも、謎めいた大高の過去や、ある事件の真相が緩やかに明かされる仕掛けがあり、物語の味に深みを与えている。食べ物とミステリ、その塩梅が絶妙なのだ。
さらに本書の最大の魅力は、ふたりの男のキャラクターと、やがてコンビのようになっていく関係性の変化だと思う。腕とセンスのよさに恵まれながらもチャンスを引き寄せられずに生きてきた亮二は、料理学校の同級生の成功に嫉妬と焦りを感じている。一方の大高は、「人生を複雑にしたくない」が口癖で、集団行動を好まず、山の中で愛犬・マタベーとともに半自給自足の生活を送っている。
生きてきた道もライフスタイルも異なるが、人生の挫折を経験し、やや厭世的になっているところが共通点。そんなふたりが、ジビエを獲る人、その肉を買い料理を作る人という仕事上の関係を超え、男同士の武骨なやり方で絆を深めていく。
代表作「サクリファイス」シリーズを筆頭に、男の友情を描かせたら天下一品! 本書は友情物語であり、さらには仕事への取り組みを通じ、自分らしい生き方を見つけるまでを描いた成長物語でもあるのだ。
最後に記しておきたいのが登場する二頭の犬のこと。亮二が飼っているイングリッシュポインターのピリカと、大高が山で助けた猟犬のマタベーだ。彼らの愛くるしい動きは読者に癒しを与えてくれる一方で、猟犬という性質上、命の残酷さも教えてくれる。私たちは生き物から命をいただいて生きている。そのことを再認識させてくれる小説だと思う。
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