【カドブンレビュー】
自分のやりたいこと、ましてや「夢」を見つけるなんてことは、つくづく難しい行為だと思う。理想を描くだけならこれほど簡単なことはない。でも、具体的に行動していこうとすると、現実に立ちはだかる障壁が次々と見えてくる。「楽して暮らしたい」という身勝手な想いを夢と混同させていることさえある。
中学生になった主人公の「さゆき」は、否応なく大人になっていく自分と変わっていく周囲の現実に気持ちが追いつかない日々を送る。将来の夢につながる進路の選択を迫られ、勉強しろと親からも言われはじめる。一足先に受験勉強に励む姉を見ては、ため息をつくばかり。変わらない今がずっと続けばいいと願う。そんなさゆきを置いてけぼりにするようにいとこの「真治」はバンドで成功するという夢を一心に追いかけ、高校にも通わず、一人で上京してしまう。すぐ近所にいて、小さな頃から家族の様に一緒だった二人は、兄妹よりも恋人よりも特別な関係だった。前半の「リズム」では、夢を追いかける真治に自身の希望を重ね合わせることで、未来へ一歩踏み出そうとするさゆきの心の変化が描かれる。この時点でも、さわやかな青春物語ではあるのだが、後半の「ゴールド・フィッシュ」がさらに大きな深みを加える。あどけない夢に一直線だった真治にシビアな現実の試練が訪れる。夢を叶えるとばかり思っていたさゆきは真治の挫折に大きなショックをうけ、再び自分自身の未来について、葛藤することになる。
誰しも人生のどこかの時点で、誰かに守られていた世界から一人で外に飛び出さなくてはいけない瞬間がやってくる。未知の恐怖に打ち勝つためには、「夢」は大きな支えとなり、背中を押してくれる力になるだろう。でも、全ての人が真っ直ぐな夢をはっきりと描けるわけではない。だとしても焦る必要なんて全くないのだとさゆきと真治が教えてくれる。周囲に惑わされる必要なんてない、自分のリズムで歩みを進めていけば世界は必ず拓けていく。物語の最後で、さゆきの見つめる視線の先には、まだ埋まっていない空白の未来がある。私達と同じ目線の先にあるそれが何色になるかは、これからゆっくり考えていけばいい。
>>森絵都『リズム/ゴールド・フィッシュ』