【カドブンレビュー】
「ビジネスはゲームである。遊び方を知っていたら、世界最高のゲームだ。」
これは、「世界一偉大なセールスマン」と呼ばれたIBMの創業者トーマス・J・ワトソンの言葉である。企業で働いていると、この言葉がピッタリくるくらい自分の思い通りにビジネスを成功させてしまう人を見かけることがある。そんな超一流のビジネスパーソンが企業の頂点に上りつめる姿は確かに「帝王」と呼ぶにふさわしい。しかし、『帝王の誤算』が思い出させてくれるのは、彼らだって、苦悩する一人の「人間」に過ぎないということだ。
日本最大の広告代理店「連広」の第九代社長として君臨した「帝王」、城田毅の葬儀シーンから物語は始まる。剛腕と称された城田の経営手法に対しては、単純な称賛ばかりではなく、批判もつきものだった。バブル崩壊という難局を舵取りし、業績の飛躍をもたらした一方、長時間労働を前提とした企業風土や手段を選ばない盤外戦術には異を唱えるものもいた。城田の秘書である真美はその伝説的な働き様を一番身近で目撃してきた生き証人である。過労死した連広社員の妻であり、「思いやり雇用」制度で入社した真美によって語られる「帝王」、そして「人間」としての城田の半生とは果たしてどのようなものだったのか。
本作の白眉は企業や人物の設定だけでなく、取引先との交渉や社内政治に生々しいくらいのリアリティがあることである。「提案なんだが…」と言いながら、“提案”ではなく、断ることの出来ない“要求”を突きつけてくる太々しい取引先や、お互いに自分たちが会社の花形だと張り合う営業と制作の覇権争いなど、自身の経験と重なり目に浮かんでくるシーンが随所にある。だからこそ、雲の上の存在であるはずの城田にも実在感があり、彼の葛藤に感情移入することが出来る。結果で評価されることの厳しさ、不確実な未来に対する決断、周囲に弱さを見せることの出来ない孤独。そんな私たちが日々直面する不安や迷いの中で奮闘した「帝王」の誤算とは何だったのか。決して完璧ではない「人間」としての生き様に宿る光と陰は、現代社会で働く私たちにとっての道標でもある。
>>鷹匠 裕『帝王の誤算 小説 世界最大の広告代理店を創った男』