【カドブンレビュー】
遠野青児は左目で化け物をみる。
正確には、何かしらの罪を犯した悪人の姿が化け物にみえる。いつからか、鏡に映った自分の姿さえ、化け物として映るようになっていた。
その青児が不思議な洋館に迷い込む。彼を待ちうけていたのは白牡丹文様の着物をまとう美少年・西條皓。冬蔦の生い茂るトンネルの奥、樒の巨木の葉陰に佇む館には、その身に罪を秘めた罪人が引き寄せられるという――。
『地獄くらやみ花もなき』は、主人公・青児が、「地獄代行業」にいそしむ謎の美少年・皓に助手として雇われ、彼とともに隠された罪を暴いて裁く物語だ。
館を訪れた“客”からの相談事、それは嘘と欺瞞に満ちた罪の告白でもある。
第一怪「青坊主」では、くりかえし送られてくる差出人不明のメール、その「首を吊らないか?」というメッセージに怯える女性が館を訪う。幸福を求めるあまり、他人を欺き続けた彼女が過去に犯した罪と真実が明かされる。第二怪「鵺」では、旧家の令嬢から一家に災いをもたらしている鵺を退治してほしいという依頼を受ける。屋敷に蔓延り災いをもたらすものの正体と、巻き込まれた少女の悲哀が描かれる。
さらに、罪人だけが訪れる館へと迷い込んだ青児自身もまた、罪人にほかならない。第三怪「以津真天あるいはエピローグ」に至ってようやく、彼は逃げ続けてきた自分の罪と向きあう。
青児の左目に化け物として映るひとびとは、ごく普通のどこにでもいる弱い人間だ。
なぜ、自分は幸せではないのか。いつまで、自分はこんな人間のままでいるのか。
誰かを妬み、羨み、憎み、傷つけ、裏切り、見捨てて。醜く浅ましく、理想とはほど遠い、ままならない自分の人生をなりふりかまわず生きていただけだ。その生きかたこそが、すでに地獄の苦しみであったろうに。
誰もがそうではないのか。この世の中は、正体を隠した化け物ばかり。ひとはみな、人間と化け物の境界線上に立っている。
青児自身がかなり不器用で頼りない青年である。仕事は続かず、収入もなく、なけなしの友人さえ失って、ネットカフェを転々としながらいじましく生きていた。彼はこれからどう自分の人生を歩んでゆくのだろう。
人の法に裁かれることのない罪人を地獄に堕としてゆく皓についても、なぜ彼がその役目を負うことになったのか、その先に何が待っているのか、謎が尽きない。
物語はそんな彼らの、探偵と助手、というより飼い主と駄犬のあいだに芽生えた友情(?)の成立をこえて、新たに奴隷契約を結んだところで終わる。青児はほんの少し成長し、皓にも良い変化がもたらされる。あとがきによると、物語は今後も続くという。これから彼らがどんな罪を暴いてゆくのか、ふたりの関係がどう変化してゆくのか、先が楽しみなシリーズとなりそうだ。
本書は人間の業を化け物(妖怪)になぞらえた伝奇ミステリー小説だが、事件の展開や謎解きはシンプルでテンポよく進むため読みやすく、従来のこのジャンルに慣れていない読者層でも安心して物語を楽しむことができる。
人間の複雑な心を丁寧に掘りさげ、二転三転しながら訪れる結末に漂う不思議な余韻と、悪い奴が相応に裁かれて地獄送りになる痛快さをあわせもつ、二面性に満ちた世界観に浸っていただきたい一冊である。