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レビュー

野球人がグラウンドの外でできること。『野球で、人を救おう』

書評家・作家・専門家が《新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:長谷川晶一 / ノンフィクションライター)

野球は、人を救えるスポーツだ。


不測の事態において野球ができること


本書『野球で、人を救おう』作者・岡田真理は読者に問う。たとえば、予期せぬテロ行為、あるいは未曽有の大災害など、不測の事態が起きたとき、「野球なんかやっている場合ではない」と思うのか、それとも、「野球によって救われる人々がいるのだ」と考えるのか? と。

本書は 2013 年4 月に起こったボストンマラソンでの爆弾テロ事件から始まる。当時、アメリカ・ニューヨークで暮らしていた作者はボストンの地で起きた大惨事に胸を痛めていた。それから半年、ボストンを拠点とするレッドソックスは 95 年ぶりにワールドチャンピオンに輝いた。痛ましい大惨事からわずか半年。選手やスタッフ、そして地元市民が一つになってつかんだ栄光の瞬間。その裏側にはアメリカならではの、そしてメジャーリーグならではのチャリティー精神が根底に流れていることに作者は気がつき、取材を始めていく。

ここで、冒頭に掲げた「問い」を改めて考える。2011 年、東日本大震災の際に日本プロ野球界では「こんなときに野球をやっている場合か」という議論が噴出し、開幕が大きく遅れたことは記憶に新しい。一方、前述した 2013 年のボストンマラソンでのテロ事件では、犯人が逮捕され、チームが遠征から戻ってきてすぐの、事件のわずか5日後に試合が行われた。

テロ事件後の最初の試合では、数多くのチャリティーグッズが販売され、収益のすべてを寄付することをレッドソックスは決めていた。わずか5日間での迅速な行動に作者は感激する。これらのグッズは発売から1カ月で約 120 万ドル(当時のレートで約1億 2000 万円)を売り上げたという。

「さあ、あなたの打席に立とう」

この一連の出来事を通じて、「野球選手とチャリティー」をめぐる作者の旅が始まる。ライターとして数多くの事例を取材した彼女は、自身の手で野球選手のチャリティー活動を支援するためのNPO団体を立ち上げることを決意する。それが、BLF(ベースボール・レジェンド・ファウンデーション)だった。2014 年の設立にあたり、彼女は「三つの誓い」を自らに課した。

  1. 野球振興を目的として野球界だけで完結させるのではなく、幅広く支援をすること
  2. 選手・ファン参加型の仕組みを作ること
  3. 楽しいチャリティーの機会を創造すること

また、選手たちにも「言われてやる支援」ではなく、「自分がやると決めた支援」を求めることを決めた。このとき、BLFのスローガンを「野球で、人を救おう。」とすることとし、野球を「単なる娯楽」としてではなく、「なくてはならない文化」に成長させることを目標に掲げたのだ。

本書は日本のチャリティーの現状をアメリカのそれと比較しつつ論理的に分析している。同時に、BLFの活動を通じて少しずつ日本のプロ野球選手の間にチャリティーという概念が浸透していく様子を丁寧に描いている。たとえば、BLFの活動を通じて千賀滉大(福岡ソフトバンクホークス)は1奪三振につき1万円を認定NPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」に寄付し、吉田正尚(オリックス・バファローズ)はホームラン1本につき10万円を認定NPO法人「国境なき子どもたち」に寄付することを決めた。

こうした活動の陰にはBLFがあり、岡田の活動があった。本書は一人の野球ファン、一人の女性、そして一人の人間として、「野球とチャリティーはどうあるべきか?」を考え続け、奮闘を続ける格闘の記録でもある。さまざまな経験、学習を通じて、作者は何をつかんだのか? そして、日本でチャリティーを定着させるにはどんなことが必要なのか? 本書の中に、その答えはある。野球選手にできることはたくさんある。そして、読者である私にも、あなたにもできることはたくさんある。

最後に作者は、改めて読者に訴えかける。

さあ、あなたの打席に立とう。

野球は、人を救えるスポーツだ。

書籍のご購入&試し読みはこちら▶岡田真理『野球で、人を救おう』| KADOKAWA


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