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レビュー

【『ヒストリア』カドブンレビュー⑤】井口徹也「最後まで夢中になって全629頁を読み切ってしまった」

池上永一さん『ヒストリア』の第8回山田風太郎賞受賞を記念して、カドブンでは「5人のカドブンレビュアーによる5日間連続レビュー」企画を行います。5人のカドブンレビュアーは『ヒストリア』という巨大な作品をどのように読み解いたのか? ぜひ連続レビュー企画をお楽しみください。
>>①鶴岡エイジ「知花煉、彼女は一体何人分の人生を生きたのだろうか」
>>②伊奈利「だからこそ煉の魂の叫びや願いは多くの人々の胸を揺さぶる」
>>③池内万作「こんなに大きな作品を一体どう語ればいいのだろうか」
>>④片丘フミ「煉の人生を通じて浮かび上がる、この世界の不条理な真理」

第二次世界大戦時、米軍の沖縄上陸作戦の中、主人公の知花煉(ちばなれん)は家族や周囲の人間が死んでいく一方で自分だけが生き残った。しかし、米軍による空を埋め尽くすような空襲が彼女を襲い、その衝撃で彼女の魂(マブイ)は失われてしまったのだ。自分がまるで自分ではないかのような感覚に違和感を抱きながらも、彼女は力強く戦後の沖縄で生き残り、やがてボリビアに渡った後も、何事も諦めず困難に立ち向かっていく。そんな中、彼女の魂が具現化した姿を街で見かけてから、彼女はもう1人の自分と対峙することになる。
 
この物語は、成功と挫折が幾度となく描かれている。
 
戦後の沖縄で財をなすために工場を運営したり、ボリビアで荒れ果てた土地を耕して村を興したり、あるときは空賊まがいのことをしたりと、波乱万丈とはこのような生き方ではないかと感じるほど、パワフルな生き様を目の当たりにすることができるのだ。共産主義者と間違われて摘発されそうになったり、死の病が村に蔓延して自らも死地をさまよったり、リオ・グランデ河が氾濫して村を飲み込んだりと、もう挫折してもしょうがないというような出来事が次々に起こる。

だがこの物語は、スマートに障害を乗り越えるのではなく、本当に苦しみ抜いて事態を脱する様が描かれているのだ。彼女が作中でいくら借金を負ったのかわからないが、何度も破産しかけては生きる活路を探して、命からがら切り抜けるその様には、読んでいて勇気づけられた。痛快な逆転劇とは全く異なった、粘り強く耐えてその先の成功を見出すといったストーリーなのである。
 
そのような「人生録」として読み進めていくのも面白いのだが、この本で私が一番面白いと感じたのは、もう1人の自分が存在し、それぞれが力強く同時代の別の場所で生きているという点だ。

1人はボリビアでコロニア・オキナワという村に根ざし、機械技師のイノウエ兄弟やチョリータ・プロレスの女王カルメンといった仲間と困難を乗り切るという人生を送っている。もう1人はエルネスト(チェ・ゲバラ)を愛し、共に行動して間近でキューバ革命が成り立つ様を見届けている。
 
同じ見た目、同じ芯の強さのある2人が、激動の南米で生き抜いている様を異なる角度から読める本作は、まるで2本の映画を同時進行で見ているかのような不思議な気持ちにさせる。さらに、その2人は時折、精神面でも実世界の中でも交差することがあり、読んでいる側としてもこれから一体どうなっていくのだとハラハラさせられる。実際に、片方の知花煉がもう片方に扮して周囲の人間を騙して行動し、国をも巻き込むような大きな事件を引き起こすことになるのである。
 
最後の最後まで、2人の魂の行方がどうなってしまうのかと夢中になって、全629ページを読み切ってしまった。


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