よく悩み相談サイトをのぞいている。自分の悩みそっちのけで、ついネットサーフィンしてしまうこともしばしば。身体、恋愛、近所づきあい、冠婚葬祭など、大きなものから小さなものまで……あるわあるわ。人間の悩みは尽きることがないことを思い知らされると同時に、悩んでいるのが自分だけではないことにちょっと安心する。
本書『古典のすすめ』はそんな悩み多き我ら現代人に、そっと救いの手を差しのべてくれる一冊だ。著者は、フェリス女学院大学教授であり、和歌研究の専門家である谷知子氏。長らく古典文学の研究に携わってきた膨大な知識と、教育者としての優しいまなざしで、人生のシチュエーションごとに古典作品に描かれた哲学を説く。
ここに目次の一部を書いてみよう。「生まれてくること」「教育ということ」「働くこと」「恋すること」「結婚すること」「名前ということ」「旅ということ」「祝祭ということ」「老いるということ」「死ぬこと」など。
まさに、ゆりかごから墓場まで。人間が生まれてから死ぬまでに出合うであろう悩みや苦しみに、先人たちはどのように立ち向かってきたか。また、人間だけが持ちうる理想や美や「ハレ」という概念をどのように捉えてきたのか——。
それらのことを、神話や『源氏物語』などの古典作品をはじめ、村上春樹、谷川俊太郎、俵万智らの現代の作品まで、幅広く引用しつつ生きるヒントを提示してくれる読み物なのだ。
「教育ということ」では、「家訓」の例として、鎌倉時代の武家、北条重時の家訓書を紹介する。たとえば、料理をふるまうときは自分の分を多くしてはいけないとか、酒宴では末席の人にも目を配りなさいとか、親しい人の中に一人でも気心の知れない人が入っていたら悪口は言わぬようになど。「親が子を思う気持ち、エゴとも言える愛情がしみじみと伝わってきて(中略)ありていに言えば、子どもに『得』をしてほしい親心にあふれているのです」と著者が記している通り、今とまったく変わらぬ、親の思いを感じて微笑ましい気持ちになるし、他家の家訓ながら学ぶところも大いにある。
また、「恋すること」では、とくに若い人に人気の藤原義孝の歌(百人一首)「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」を紹介。これは、恋しい人のために命を捨ててもいいと思っていたけれど、結ばれた今は少しでも長く一緒にいたいと思う、という男性の心の変化を描いた恋歌だ。子どもの頃、暗唱した人も多いと思うが、こんなに熱い歌だったなんて! 今まさに恋をしている人や、大事に想う人がいるならばきっと響く歌だろう。
また「結婚すること」では、『源氏物語』を例に挙げ、結婚相手を愛し過ぎてはいけない理由を説いたり、古典作品にしばしば登場する非婚女性についても紹介している(代表格はなんと、かぐや姫!)。女性の社会進出が進み、婚姻率が下がったことや出産の高齢化などが問題視されているが、このように古典を繙けば、どんな時代にあっても自分の生きる道に邁進した女性たちがいたということがわかり、筆者も大いに励まされた。
このように、自分の年齢や置かれた立場によって響く箇所はさまざまだろう。でも大丈夫。巻末にズラリと並ぶ膨大な「主要参考文献」を見ればわかるように、ありとあらゆる項目に対処できるだけの準備がしてあるのだ。ぬかりはない。
前書きにあたる「はじめに」の項で、著者は次のように記している。
なぜ古典を学ぶのかと聞かれたら、私はよりよく生きるためと答えるでしょう。そして、いつの時代にあっても普遍的な力を持つからこそ、古典と呼ばれるのです。
本書は、よりよく豊かな人生を送るための参考書であり、同じ経験をした先輩たちからの励ましのエールと言えるかもしれない。まさに「温故知新」。すべての答えは古典にあるのだ。
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