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レビュー

武士としての矜持か、柔軟性あるリアリズムか 『幕末雄藩列伝』

 本書は、英雄史観によって語られることが多い幕末維新期を、藩の実権を握った人々を中心に描くことで、藩という組織の観点から、この時代の大きな流れを紐解くことをテーマにした意欲作である。特に、維新後の藩の明暗を決することに繋がった、藩としての岐路や決断について、十分な過程描写と著者独自の考察がなされており、読む側にも当事者として選択を迫るような臨場感あふれる力作である。
 著者は、これまで多数の卓越した歴史小説を世に送り出してきているが、本書では、フィクションの要素は影を潜めている。丹念に史実を調べ上げ、徹底して裏付けを取っており、多くの歴史ファンを納得させる叙述となっている。そもそも、「歴史読本」という伝統ある専門誌に連載されていたシリーズをまとめたものが本書であり、ノンフィクションの歴史書である。
 本書で取り上げられたのは十四藩であるが、勝者としての薩摩・長州・土佐・佐賀(肥前)藩(薩長土肥)と、敗者としての仙台・庄内・長岡・二本松・会津藩(奥羽越列藩同盟側)に大別される。その他、勝者と敗者との紙一重の中で彷徨(ほうこう)する彦根・加賀・請西・水戸・松前の各藩がラインアップされた。紙幅の関係から、すべての藩については言及できないが、以下、特に評者の印象に残った藩を取り上げたい。
 彦根藩について、井伊直弼は独裁的で強引であるものの、その生き方や政治方針には一貫性があるとして一定の評価を与える。一方で、後継者の直憲(なおのり)については、先人たちが懸命に守ってきた徳川家への忠節(ちゅうせつ)や武士の誇りを(ないがし)ろにする判断を下したとして突き放す。そして、藩士や領民のための苦渋の選択だとしても、事後に切腹をすべきと切言しており、「幕末最大の裏切り者」との厳しい評価は、著者の武士道をベースにした歴史観を確認できる。
 長岡藩について、キーパーソンの河井継之助(かわいつぐのすけ)が、なぜ「戦う」決断をしたのかを論じる。その主因を、合理的で開明的な反面、自らの考えが正しいと認識した途端に他人の意見を拒絶する河井の性向に求める。そして、河井は長岡藩の旗印に「義」を掲げたため、「不義」の薩長を敵視する方向に向かわざるを得ず、藩を壊滅に追い込んだと指摘する。一方で、河井が筋を通したことに「武士の意地」を見出し、その姿勢には高い評価を与える。
 会津藩について、戊辰戦争の最大の激戦地となり、敗戦後の酷い仕打ちを受けることになった事由を、キーパーソンの藩主・松平容保(かたもり)の人間性に求める。容保は誠実で正直な人間と評価しつつも、悲劇の源泉となった京都守護職について、何度も辞職する好機を得ながら、政治家としての駆け引きが苦手であり、しかも優柔不断だったことから、リーダーとして不適格であると論じる。
 他方、幕府を倒した雄藩にはグローバルな視点が存在し、リアリズムに徹した卓越したリーダーの下、藩政改革から富国強兵にまい進したと述べる。例えば、佐賀藩主の鍋島閑叟(なべしまかんそう)は西洋への憧れを憧れのままで終わらせるのではなく、西洋の科学技術を脅威と捉えており、日本の国防に危機感を抱いた。そして、軍需品の輸入に努めるだけでなく、国産化を常に念頭に置いてその実現を図っていたと高い評価を与えた。
 こうした雄藩に共通するのは、常に柔軟性が存在しており、加賀藩のような、反対勢力を根こそぎにしてしまった峻烈(しゅんれつ)さがなく、また、水戸藩のように殺戮し合って人材を払底させるといった愚行もなかったと分析する。著者は、武士としての矜持に殉じた藩に肯定的な態度を示しつつ、リアリズムが浸透した藩には(たくま)しさを見出す。
 本書は、幕末維新史の入門書であり、かつ、一定の知識を持った読者にも読みごたえのある深みを併せ持つ。そして、滅びの美学を日本的なものとして称賛する一方で、現代社会に生きる私たちに重要な示唆を与えてくれており、ビジネスや人生の参考に資する必携の一冊である。


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