JR中野駅北口からアーケード商店街を四分ほど歩くと、十階建ての複合ビル、中野ブロードウェイ(以下NBWと略)にたどりつく。全長は百四十メートルに及び、一九六六年のオープン当初は、東洋一のビルと謳われたとか。地下一階から地上四階までが商業施設で、現在、店舗数は約三百。一時は集客が落ちたものの、漫画専門の古書店「まんだらけ」を中心にマニア向けの店が次々に開業し、九〇年代以降、日本有数のオタクビルに変身。海外からの観光客を含め、いまや年間の来客数はのべ一千万人に達するという。ショーケースをいっぱいに並べた小さな店がせまい通路の両側に連なるカオスな空間は、強烈なインパクトを誇る。
……と、前置きが長くなったが、このビルを舞台に波瀾万丈の大脱出劇を繰り広げるのが、文庫書き下ろし六八五ページの大長編、『中野ブロードウェイ脱出ゲーム』。著者の渡辺
時は二〇二〇年代後半。人間側の主役は、高校二年生の
——と、冒頭は古典的なボーイ・ミーツ・ガール。知り合うきっかけになる中古ゲームが「ナイトムーブ」(アレクセイ・パジトノフがデザインした、ディスクシステム末期のパズルゲーム)というのが渡辺浩弐らしい。
しかし、屋上庭園を仲良く探索していた二人は、とつぜん、地震のような巨大な衝撃に襲われ、そこから決死のリアル脱出ゲームが幕を開ける。途中、ビル内に取り残された人々と出会って行動をともにするあたりは、往年のパニック映画「ポセイドン・アドベンチャー」のノリ。だが、物語が進むにつれ、ビル自体が生き物のように変容し、人間が次々に〝食われ〟はじめる。最新のインテリジェントビルが人を襲うフィリップ・カーの『殺人摩天楼』を思い出すが、こちらのNBWはぬらぬらしたギーガー風のテイストで、よりモンスターっぽく、ホラー指数が加速度的に高まってゆく。屋上から始まって、十階、九階と降りてゆく階数が章タイトルになる趣向も面白い。
というわけで、前半は手に汗握るサバイバル・サスペンスだが、それだけでは終わらない。そもそもNBWでなぜこんなカタストロフが起きたのか? 複合ビルはどのようにして怪物化したのか?
小説の後半では、騒動の鍵を握るマッドサイエンティスト的な人物が登場。徳川綱吉の時代にまで遡るNBWの起源と驚くべき秘密(
クライマックスでは〝人類補完計画〟的なビジョンも提示され、物語は(NBWから出ないまま)壮大なスケールの本格SFへとジャンプする。アイドル、アクション、ホラー、SF、伝奇、ミリタリー、あらゆるオタク的要素をぎゅうぎゅうに詰め込んだ本書は、まさに小説版のNBW。渡辺浩弐の新たな代表作になりそうだ。