池上永一さん『ヒストリア』の第8回山田風太郎賞受賞を記念して、カドブンでは「5人のカドブンレビュアーによる5日間連続レビュー」企画を行います。5人のカドブンレビュアーは『ヒストリア』という巨大な作品をどのように読み解いたのか? ぜひ連続レビュー企画をお楽しみください。
>>①鶴岡エイジ「知花煉、彼女は一体何人分の人生を生きたのだろうか」
>>②伊奈利「だからこそ煉の魂の叫びや願いは多くの人々の胸を揺さぶる」
>>③池内万作「こんなに大きな作品を一体どう語ればいいのだろうか」
1945年3月23日。第二次世界大戦下の沖縄。
美しい自然に囲まれた島が破壊されたその日から物語は始まる。空襲によって全てが灰となる中で、知花煉は命からがら生き残る。絶望の淵で明日を生きる活力となるのは生命体としての生存本能だけだった。彼女は身一つで、時には汚れ仕事もしながら、何とか食いつないでいく。場所だって選んでいる場合ではない。トラブルに巻き込まれた煉は、沖縄を飛び出し、地球の裏側南米のボリビアの入植地に移り住む。異国の地で、共に支え合う仲間達と出会い、生活基盤を築くうちに、徐々に人間性を回復していく煉。当初、生存本能の奴隷だった魂は理性を取り戻し、生きる目的を見出していく。
煉の激動の半生を彩るのは「チェ・ゲバラ」に代表される歴史上の有名人物達だ。歴史という記録を紐解きながらそこに生きる人々の物語が生き生きと再構成される。戦争という非常に重い出来事を扱う一方で、煉達の冒険活劇が軽やかに展開し、どんどん引き込まれていく。特に、「リヨンの虐殺者」として悪名高い元ナチスの親衛隊大尉「クラウス・バルビー」との対決には思わず息を飲んだ。
歴史の渦の中でもがく壮絶な煉の人生を通じて浮かび上がるのは、この世界の不条理な真理だ。
人は自分がどの様に生まれるかを選べない。容姿、体格、性を選べない。どこに、いつの時代に生まれるかも選べない。人生を大きく左右するそれらの要素は予め決められている。もっと違う生まれ方をしたかったと、自らの運命に天を仰ぎたくなる事もある。
それだけではない。人は自分がどの様に死ぬかさえも選べない。突然、虫けらの様に扱われ、一瞬にして葬られる。未来に向かって広がっているはずの可能性が唐突に奪われる。生きる事の悩みは全て吹き飛んでしまう。それは、次の瞬間起こるかもしれない現実だ。
そんな残酷な世界で唯一選ぶ事が出来るとしたら、どの様に生きるかだ。
確かに戦争が私を変えたかもしれない。若い頃の一時期は、そんな運命を呪っていたこともあった。しかし今は違う。傷だらけの経歴はオリジナルのヴィンテージ・ジーンズの味わいだ。私はボロの人生を堂々と着こなしていた。
P571より
煉の様に人生に立ち向かっていくしかない。たとえ、そこに救いがないとしても。