池上永一さん『ヒストリア』の第8回山田風太郎賞受賞を記念して、カドブンでは「5人のカドブンレビュアーによる5日間連続レビュー」企画を行います。5人のカドブンレビュアーは『ヒストリア』という巨大な作品をどのように読み解いたのか? ぜひ連続レビュー企画をお楽しみください。
>>①鶴岡エイジ「知花煉、彼女は一体何人分の人生を生きたのだろうか」
>>②伊奈利「だからこそ煉の魂の叫びや願いは多くの人々の胸を揺さぶる」
「こんなに大きな作品を一体どう語ればいいのだろうか?」
読み終わった直後、あまりの衝撃に圧倒され思わず考え込んでしまいました。
そんな作品が、池上永一著『ヒストリア』。
表紙を見ると革命家チェ・ゲバラの顔がどーんと載っておりますが、この本の主人公はゲバラさんではありません。
ゲバラの闘争をメインに描いた本でもありません。
この本の主人公は沖縄の女性、知花煉。
1945年の3月、煉の生まれ育った村、家族、友人知人が、空襲により一瞬で消滅するところから物語は始まります。
煉はその後、戦争の狂気を乗り切り、戦後の混乱を利用して事業を興し、祖国を離れ遠いボリビアに移住し、逞しくしたたかに、汚い事にも手を染め、時には涙をこぼしながら、異国の地で運命を切り開いていくのですが……
なんなんでしょうね、この主人公の圧倒的なリアルさは。
何度も巻頭、巻末のページをめくり「この物語は実話を基に書かれました」という言葉を探してしまったほどです(笑)。
そんな魅力的な主人公が大活躍する本書ですが、この物語は決して「強い女性のサクセスストーリー」という類型的な枠に収まる話ではありません。
本書のタイトル『ヒストリア』はスペイン語で「歴史」という意味ですが、ラテン語では「史書」という意味があります。
日本国にとっての戦争は1945年の8月で終わったかもしれません。しかし、ベトナムや韓国、南米やアフリカ、あるいは人の心の中で、戦争は(時に革命という形を取って)続いていきます。知花煉もまた戦後の沖縄から革命が渦巻く南米に渡り、本書のテーマでもある「終わらない戦争」に巻き込まれた人間です。
本書はそんな彼女を徹底的に描く事で、背景にある大きな歴史のうねりを浮き上がらせた「史書」なのです。
そういうと非常にヘビーに聞こてますが、煉が女子プロレスや飛行機の空中戦に巻き込まれたり、まるで歴史の裏側を縫うように悪者と対峙し、世界を救おうとする様はまさにジェットコースターノベルです。ハラハラドキドキ満載なのです。
そしてこれは魂の話でもあります。
戦争で引き裂かれ、損なわれた魂に果たして救済は訪れるのか?
と、このように六百ページを超え、幾つもの国を舞台に様々な冒険や数々のドラマが繰り広げられる、盛りだくさんの『ヒストリア』は、冒頭にも書いたとおり、本当に「大きな作品」なんです。
でもね。
そんな歴史も数々の冒険も、実はこの本の「最後の一行」のために書かれたのではないか、そう思えてなりません。
知花煉の長い旅路の果てにはどんな結末が待っているのか。
是非、ご自身の目で確かめて下さい。
★池内さんの朗読レビューも併せてお楽しみください。